2006/08/17 ■ ボクシング・ディア(ナルカカ・18×32)
「なぁセンセー、またオレから逃げんの」
ナルトの口は薄笑いの形を描いているのに、その目は全然笑っていない。
オレの腕にぎりぎりと指を食い込ませて睨む。センセー。ざけんなよ。
ナルトの口は薄笑いの形を描いているのに、
その口からは低い唸り声のような声が零れる。

「逃げ、て、ない」
「じゃなんでこんなとこにいんだってばよ。帰んぜ、センセー」
嫌だ、そうオレが言うより早くナルトがオレを腕の中に引き寄せる。
腕を引きちぎられそうな勢いで引っ張られて、
オレはナルトの今はもう厚い胸に顔をぶつけた。
ドアの向こうでアスマが面倒くさそうに煙草をふかしている。
「じゃ、わりかったな、アスマせんせー」
おうよ、という声が聞こえたのかどうか、
ナルトはオレの腕をますます強く掴んで歩き出す。
「ナルト、痛い」
「うるせぇ」
耳元で低い声が唸る。ナルトは離してくれない。
「ナルト、離して」
「離したらまた逃げんだろ、カカシ先生は」
「逃げないから」
「ウソつけ」
ナルトはそう言うと、ますますオレの腕を強く掴んだ。
「…ヤニ臭い」
「…アスマの部屋にいたから」
「帰ったら風呂入れよ、カカシ先生」
お前こそ。滲みそうになる涙をこらえてオレは頷いた。

いつからか、いつも日曜日の陽だまりみたいな匂いがしていたナルトの体から
甘い匂いがするようになった。
爽やかな、優しげな、蠱惑的な、官能的な……
甘くて柔らかい、それは女の子の匂いだった。

「ナルト、嫌だ」
「嫌だも何もねーよ、なんで抵抗すんの」
「だってお前……」
「なんだってばよ」
「…………」

初めは色々な匂いがした。色々な女の子の匂い。
そのうち、ナルトの体から香る甘い匂いはいつも同じ匂いになった。
洗い立ての洗濯物のような、シャボンのような匂い。控えめで清潔な甘い匂い。

「……なんでもない」
ナルトは唇を歪めると鼻先で笑った。それからオレの首筋に噛み付いてくる。
ふわんと金色の髪が揺れて、甘い香りも揺れた。

「先生、オレと別れられるなんて思うなよ」
「簡単に捨ててしまえるなんて思うなよ」
「後悔したって、もう遅いってばよ」

甘い匂い、シャボンの匂い、女の子の匂い
オレにはない匂い、オレを責める匂い、オレを追い立てる匂い

ナルトが中に入ってきてオレは思わず腰を浮かした。
ナルトはそれを許さずに、がっちりとオレの腰を押えつける。
「先生、泣いてるの?」
「……泣いてない」
「泣いたって、離してやらねぇよ」

鼻先に香る匂い。甘い匂い。
女の子を抱いたそのままで、オレを抱くナルト。

「もうイヤだ……」
はっきり泣き声になってしまった。何度も何度もその瞬間を頭に思い描く。
一人きりで眠る自分、その映像、ナルトの隣には女の子。
それに慣れようと思う、もうすぐ渡されるその瞬間に。

「逃がさねぇって言ってんだろ」
ナルトの腰がぐっとオレを穿った。オレは泣き声のまま悲鳴を上げる。

「センセー、好きだよ」

オレはまたぼろぼろと涙をこぼした。
別れられるなんて思うなよ、ナルトが耳元で囁く。甘い匂いで囁く。
何度も何度もその瞬間を頭に思い描く、
放り出されて、興味をなくされて、一人で、

「センセー、好きだよ」

それなのにオレは諦めきれない。胸元の甘い匂い。
オレはどうしていいのか分からなくなる。
その瞬間より前に、ナルトから逃げ出したいのにオレは、
オレは、諦めきれない。

「オレと別れられるなんて思うなよ」

オレはぼろぼろこぼれる涙を止められないまま頷く。
それを見てナルトが満足そうに微笑んでキスを仕掛ける。
まつげとまつげが触れ合って、オレは思わず目を閉じた。
初めてキスをした時、ナルトはとても可愛い顔をしていた。
初めてキスをした時、ふわふわ揺れていたナルトの金髪から、
太陽の匂いがした。

唇が離れる。オレは目を開けてナルトを見る。
ナルトはちょっと微笑んで首を傾げた。

「センセー、好きだよ」

ナルトの金髪がふわんと揺れて、また甘い香りがふわりと揺れる。