■クリスマス・ベル(18×32)



きらきらと電飾に彩られた町並みに、カカシはもう1時間も所在なさげに立っていた。
ここは木の葉の里でも一番の繁華街で、通る人々はほとんどが一般人だ。
カカシを始め、忍が多く住む一帯から少し離れたこの通りには、
服装の流行があり、見た目を重視した食べ物を出すリストランテがあり、
夜通し騒ぎ続けるカフェがあり…良くも悪くも忍里の中心とは異なった文化が存在している。
カカシは少し居心地悪げに身じろぐと、向かいのウインドウに映り込んでいる自分の姿を見て、
そしてゆっくりとうつむいた。

カカシが立っているのは、ファッションビルやコスメティックショップが並ぶ一角でも
少し人通りの多い場所だった。カカシは少し横道に入り込み、ビルの正面ではなく
その側面に背をもたれてはいたが、それでもやはり人通りは変わらず多い。
そこは、雑多なファッションビル群の中でぽっかりと、
高級ブランドの店ばかりが寄り集まった一角だった。
普段ならどちらかというと人通りは多くないほうだろう、この通りの中でも------
そう思って少し顔を上げたカカシは、目の前を通り過ぎる幸せそうなカップルに
知らずまた目をうつむかせてしまう。

ほんとに、今日は人が多い。
というか、カップルが多いなぁ…

それは何のせいかというと、そのカップルの女の子(たぶん20歳ぐらいだろうと
カカシは見当をつけた、)が提げている赤と緑のペーパーバッグが如実に示している。
つまり、クリスマスなのだった。普段より三割増しに華美な電飾も、
店先のウインドウを飾る粉雪のメッセージも、それからサンタの格好をした客引きも、
全てはこのお祭り騒ぎのせいだ。しかも更に悪いことには、今日はクリスマス・イブだった。
祭りの高揚は最高潮を迎えている。

参ったなぁ…

帰りたい。そんな胸の内をため息に包み込んで、カカシはますますうつむいた。
大体、自分がこんなところで人を待つこと自体がもう既におかしいというのに。
下げた目線の先に、スニーカーと少し遅れて歩く白いブーツが入ってくる。
なんとなくカカシが顔を上げると、カップルが少し不思議そうにカカシを見て通り過ぎて行った。
今度のカップルは女の子が茶色い巻き髪で、きれいな色のスーツにファーのコートを
羽織っていた。隣を歩く男の子のほうは不似合いなほどにラフなトレーナーとGパンで、
カカシの目には一見不思議な取り合わせのように映る。
不思議な取り合わせ…
俺よ、俺。
カカシはまた漏れそうになったため息を飲み込んで、客観的に自分の姿を見ようとした。
特にだらしない格好をしているわけではないが、張り切ってお洒落をしているわけでもない。
普通のキャメルのハイネック・セーターに細身のパンツ、それから少し冷え込むので
細身のジャケットを羽織っている。いたって普通の30代前半の男だった。
そしてその「いたって普通」が、祭りに浮かれここぞとめかしこむ男女の群れの中で、
却って目立っている。
俺、似合わないねぇ。
カカシは口の端に笑みを零した。
幸せを象徴するように、緑と赤と、時に金、銀の色彩が溢れかえる。
カカシにとって赤は血の色で、こんなに幸せそうなものではなかった。
そして、そんなことを思ってしまう自分は本当にこの場に相応しくない。

「ね、ね、これがいい」
「どれだよ」
「これ!」
「ええ?そんなのよりあっちのがよくね?」
「えー、これがいいなぁ…ね、これでいいでしょ?」
「仕方ねぇなぁ」

通りに大音量で流れているクリスマス・ミュージックに被せるように、カップルの会話が流れ、
掻き消されてゆく。高級ブランドビルにごった返す人の波は、その九割がカップルで、
そのほぼ全員の男が女に何かしら買ってやっているのだった。
プレゼントだ、と称して愛しさを贈っている。メリー・クリスマス。

サスケは、あれが、やりたいんだろうなぁ…

ぼんやりとカップルが思い思いの買い物をする様を眺めていたカカシは、
居たたまれなくなって少し体を道の奥にずらした。上気しながら店に入る女の子たちの顔、
満足そうに笑いながら紙袋を買い与えて店を出てゆく男の子たちの顔。
彼らの手は例外なく繋がれていて、当然のように通りを歩き、人は当然のようにそれを受け流す。

ディナーまでどうする、お前、予定より高いもん強請るから
ディナーの金なくなっちゃったじゃんかよ、マジで、じゃ、あたし出すよ、
ウッソだよ、まかしとけよ、…………

あんな風にきらきらとした電飾の下、彼女に高級なクリスマスプレゼントを贈って
ディナーにエスコートするということは、サスケにとても似つかわしく思えた。
そしてカカシは、それをうまくしてやれない自分を悲しく思った。
少し値の張るバッグを強請り、少し高い夕食を共にし、少しグレードの高いホテルに泊まり、
そして愛撫される前に指輪を受け取る、そんな華やかさが許されるのは、
彼女達が華やかだからだ。そう、彼女達はきらきらとしている。ウインドウを飾る電飾のように。
紙袋にこの時期にだけ飾られる、金箔付のリボンのように。愛らしくきらきらと光っては、
華やかに揺れる。それが女性という性の持つ華やかさなのか、それとも若さの故なのか、
カカシには判断がつきかねた。おそらく、両方だ。
そしてカカシにはその華がない。加えて生来の性格も手伝って、
人にものを強請るということができない。たとえ、それが相手の望みであっても、
何か所望してほしい、と言われても、本当にカカシには何も思いつかず
何も口にすることができないのだ。

カカシの目の前を女性が足早に通り過ぎていった。たぶん、待ち合わせをしているのだろう。
せかせかと彼女が通り過ぎた後、きつめの香水の匂いが辺りに漂った。
それもまた、祭りの日の華やぎだ。
サスケなら、と、カカシは思う、サスケは彼単品で十分に華やかなのだった。
着飾っていなくても、女の子の喜ぶ褒め言葉ひとつ口にしなくても。
彼の持つ華やかさは、間違いなくこの場にとても相応しい。
サスケ……
彼はまだ来ない。昨日、任務から帰還するなりカカシの部屋に飛び込んで、
「明日、6時、入り口のところ」と何やら横文字のブランド名を口にした彼は、
カカシの返事を聞く暇もなく報告所へと駆け込んで行った。
折り返しに連続任務に出たことを知ったのは、「鬼気迫る顔をしていた」と
大げさに報告するナルトが夕食を食べに来たからなのだった。(ちなみにそのナルトは、
次の日にカカシが寝坊しないようにお前が泊り込んで起こせ、とサスケに言われたらしい。
それもまた「鬼気迫る顔をしていた」とナルトが言うので、
サスケはいつも鬼気迫ってるじゃない、とカカシが茶化すと、ナルトは
「マジだってば、ヤろうとしたらカカシ先生が寝ちまって、ヤるにヤれず朝を迎えたような
顔だったってばよ」と拳を振り上げ妙な説明をし、カカシに殴られた)

任務が予定通り終わらなかったんだろうか。
もう、約束の時刻より1時間が過ぎている。几帳面なサスケにしては珍しいことだ。
もしかしたら、報告所の辺りでくの一に捕まっているのかも。
ありそうなことだ、とカカシは思ってふっと笑った。女の子に取り囲まれて仏頂面のサスケは、
でも、こんな日にはとても似つかわしく思えた。
それから、待ちぼうけを食わされてぼうっと来ない恋人を待っている自分も、
とてもこの日に相応しく思える。
分不相応な恋愛をするから、罰が当たったんだ、そう思うと、カカシは少し心が軽くなった。
このままずっとここでサスケを待っていたら、
自分の図々しい恋愛の償いに少しぐらいはなるんだろうか。

カップルがかわるがわるカカシの目の前を歩いて行く。
その大半は、サスケとさほど年齢の変わらない若者だ。
忍稼業と言う職の故に、サスケはどんな同い年の若者よりも落ち着いていたが、
それでもやはりまだ18の若者なのだった。
こんな日には思い切り甘い顔をして、恋人に好きなものを買ってやって、
二人きりで食事をして、…
そういう絵に描いたようなデートコースをきっとやりたいだろう。

おそらくはカカシを気遣ってはっきりとは言わないが、去年も、その前の年にも
カカシはクリスマスプレゼントは何がいいか、とサスケに聞かれた。その度に困ってしまって、
結局「何もいらないよ」と答えてしまう自分にカカシは悲しくなった。
サスケが期待する答えはそのようなものではないのだ、いくら落ち着いていたって
恋人のいる10代の若者なんだから。それでもカカシは、サスケがいてくれるだけでいい、と
本心から思ってしまっているので、それ以上何を要求してよいのか本当に分からない。
申し訳なさそうに、思いつかないから、とカカシが告げると、そうか、とだけサスケは言って、
別段気落ちした様子も見せずその話はそれで終わりになった。
結局クリスマスは普通に過ごした。

本当は、あんな風になるはずの子なのにな。
通り過ぎる男の子の後姿を見て思う。
その男の子に手を引かれて、長い髪の女の子がシャンプーの香りを揺らめかせ
通り過ぎていった。
サスケは無愛想だし無口だけれど、その分自分の愛するものに思い切り愛情を注ぐ。
それが、恋人という立場のものに対するなら尚更だった。
もしサクラのような女の子と恋愛していたなら、今日辺りには思い切り甘い顔で
彼女の手を引いているに違いなかった。
こんな年上の相手じゃなかったら。せめて、男じゃなかったらなぁ…
年相応のクリスマスをさせてやれないことに、カカシはまた自分が悲しくなった。
サスケは何も言わない。でもあの子は、その生い立ちのせいで自分の我侭を抑えることに
長けすぎてしまった。だから、サスケの言えない我侭を、叶えてあげられるのなら
俺は全部叶えてあげたいのに。

ぽつっと白いものが地面に落ちてきた。それは地面に着いた途端、
すぅっと吸い込まれるように消えてしまった。
ああ、雪が降ってきたのか、昨日も降ってたもんな。
カカシはぼんやりと思い、ホワイトクリスマスだ、と騒ぎ始めた通りの声を
聞くともなしに聞きながらうつむいた。
たぶん、サスケのやりたかったクリスマス設定ってこれなんだろうな。
そう思ったらおかしくなって、カカシは少し笑った。サスケはまだ来ない。
笑ったら視界が滲んで、端が少しぼやけた。
カップルの喧騒が聞こえる。俺は、なんにもしてあげられないんだな。
また白いものが地面に落ちてきて、
その輪郭がぼけていくのをカカシは不思議な気持ちで眺めていた。

「悪い、遅くなった!」
いきなり聞きなれた声が大音量で響いて、カカシは思わず顔を上げた。
目の前にはこの日に似つかわしい華やかに整った顔立ちが------サスケの顔があった。
続いて、これもまた聞きなれた舌打ちが盛大に繰り返される。
「悪い、帰還が少し遅れたんだが、その後任務報告所のとこで捕まってたんだ、
あいつら人を何だと思ってやがる!俺は、約束があるから通せって言ってんのに…いや、
悪い、遅れて悪かった、カカ…」
シ、その発音を飲み込んで、サスケが目を見開いて固まっている。
何事だ、とカカシもサスケの顔を覗き込んだ。
「サスケ?」
固まったままのサスケに続けて声を掛けようとしたカカシは、けれどサスケの声に遮られた。

「…おい、どうした、泣くな、カカシ!」

え?俺、泣いてんの?
自覚した途端に、滲んでいたカカシの視界はさらにぼやけていった。
白い雪がぽつぽつと降ってきて、行き交うカップルは嬉しそうに空を見上げている。
サスケが何やら叫んで、いきなりカカシの体を抱き締めた。
Jingle bell・Jingle bell
幸せそうな音楽が、華やかな通りに相応しく鳴り続けている。



-----------------next