■筆下ろし(15×29)




「だから嫌だって言ったのに…」
情けない声で呻くように呟きながら、でもカカシはその場を立ち去ることができない。
時刻は夕限、そろそろ任務報告所に列が出来る頃合いだ。
そうして、 おそらく今頃 その列に 並んでいるだろうサスケが、すぐここにやって来る。

事の端は、中忍になりたての、16歳以下の忍に課せられる色事研修だった。
くのいちには勿論必須とされる研修だが、男子、それも見目のよい、
もしくは 色気のある男子においても必須である。とは言っても、将来どのような男に
化けるかは誰にも分からないので、実質全員参加の研修となっていた。
忍の実践のいろはを学ぶ下忍とは違い、ある程度の潜伏任務も課せられる中忍ともなると、
諜報活動で大いに役立つ色事に長けていて損はないのだ。

カカシの受け持っていた7班の男子…ナルトとサスケも例外ではなかったのだが
(二人は15歳だった)、ここにサスケにおいて問題が浮上してきた。 彼の持つ…今や里で
彼のみが持つ、名門うちはの血である。研修は遊郭にて行われるのが 慣例となっていたが、
サスケの場合、その財が欲しさに、担当した遊女が 「サスケの子を身ごもった」などと
言ってこないとも限らない。さらに、まかり間違って 本当に妊娠してしまった場合、
うちはの天眼を受け継ぐ赤子が不用意に誕生してしまう。
それは、サスケの今後の身の振り方はもちろん、
木の葉の里にも重大な影響を与えてしまう。

「まぁそんなわけでね、」

ナルトとサスケは色事研修についてのあれこれを、かたや目を輝かせて、
かたや苦虫を噛み潰したような顔で聞いていた。
説明するカカシはというと、おもしろいなーこの違い、などとのんびり思いながら
二人を見比べている。

「ナルトは今から自来也様のとこ。あの人が馴染みを紹介してくれるからね、 さ、行っといで」

任せろってばよ!とか何とか、カカシの言葉を聞き終わるや否や ナルトは張り切って飛び出して行った。
一人残ったサスケに、カカシは言葉を続ける。

「で、サスケはねぇ…お前は遊郭にやるわけにはいかないから、 上忍が担当することになるんだよね」

やりにくいとは思うけど、これも任務だから…ごめんねぇ。
ちっともごめんなどと思っていなさそうな顔でカカシは謝って、先を続ける。

「担当上忍なんだけど…デリケートなことだから、お前の好きなの選んでいいよ。
つってもあんまり選択肢はないんだけどさ、まぁ勃ちやすそうなの選んでよ」

デリケートが聞いたら怒り出しそうな言葉でデリケートな内容を語り、カカシは
上忍の名前を挙げていった。サスケはやはり渋面のまま、言葉を聞いている。

「担当上忍はね、紅と、あ、特上だけどアンコ。それからイビキとアスマとね…」
「…ちょっと待て。なんだ最後のいかつい二人は」

カカシが何気なく挙げたマッチョ男二人の名に、サスケは引きつりながら突っ込んだ。

「え?ああ、あの二人は変化が上手いからさー。つっても上忍だったら誰だって
変化なんてお手の物だけどさ、あの二人は今までに色事指導したことがあるんだよね。
女に変化して。だから、上手いと思うよー。やりやすいほうがいいでしょ?」

ちなみに、その色事指導を受けた中忍のコには元がアレだとは知らせなかったんだけどさ。
空恐ろしいカカシの台詞に、サスケはそっとその不憫な中忍のために心の中で手を合わせた。
あんなクマとヒゲクマ相手に筆おろしなど冗談じゃない。そんなことしたらトラウマになって、
この先勃つもんも勃たなくなってしまう。

「…他に選択肢はないのか」

先ほどよりも渋面3割り増しの顔でサスケが呟く。仕方ねぇ、あんなマッチョ相手にするくらいなら、
紅やアンコのほうがまだ生物学的に女というだけでもマシだろう。
はっきり言ってどちらも 射程範囲から遠く外れているが。
どちらかというと女としても認識したことなどなかったが。
しかし女性の身体を持っているだけでも、まだいくらか…大体オレの射程範囲というか、
オレが射ってもいいと思うのはピンポイントでカカシだけなんだから、
どうせカカシでないのなら 誰だって同じ事だ。それなら、…

「ん〜、ホントはオレが相手すんのが一番いいんだけどねぇ。ある程度相手に情を持つことにも
なりかねないことだから、それなら今まで見てきたオレだと安心でしょ。
うちはのなんたるかもある程度知ってるし…大体写輪眼同士だしね、お前が暴走しそうになったら
止められるし。でもそれじゃちょっとあんまりにもお前がアレだしねぇ」

カカシがのほほんと続けた台詞に、サスケは文字通り固まった。

「…何だって?」

「えー、だから〜、オレが相手すんのがホントは一番いいんだって。子供できる心配も、
万一写輪眼の情報が漏れる心配もないから。五代目はそうしたら喜ぶと思うけど…
でもオレじゃね〜、お前勃たないでしょ。家族みたいなもんだし」
「勃つ!」
「は?」

今まで眉間に刻みまくっていたシワを一気に伸ばして、サスケがなにやら叫んだ。

「…何て?」
「オレはあんたで勃ちまくるぞ。あんたでいい」
「え?」

そんなわけで、めでたくサスケの色事研修の師はカカシとなったのだった。

遊郭の一室では、カカシが滅多に見せない眉間に皺寄せた顔で真っ赤な布団の上に座り込んでいた。
向かいに座るサスケといえば、いつものしかめっ面ではなく、何かいきいきとした表情である。
しかもよく見ると、頬がほんのりと上気している。

「おい、いつまでそうしてる気だ…いい加減覚悟を決めろ」
「いや、覚悟っていうか…」

座り込んだまま動かないカカシに、サスケが堪えかねて声をかけた。
童貞喪失すんのはお前なんだから覚悟を決めるのはお前。
そう、頭の片隅で冷静に突っ込みながらもカカシははっきり言って途方に暮れていた。

結局サスケの色事研修はカカシが行うことになり、元々機密保持やらなにやらでその形を
希望していた五代目は、上機嫌で遊郭の一室を用意してくれた。そこまでは良かったのだ…が。

「なぁお前、ほんとにこの姿のままのオレとやんの」
「だから何度も言ってるだろう。アンタはそのままでいいんだ」
「女の形じゃなくても?」
「くどい」

そしてまた、問答の末にカカシは途方に暮れる。サスケは素のままのカカシの形でいいと言う。
てっきり女に変化して相手をするものだとばかり思っていたカカシは、面食らってしまった。

「え、でもさ、ほら、こういうので諜報って、女性に対して使う機会のあることだし…
お前女性の体知らないんでしょ。だったら女性のほうがいいじゃない、オレ割と変化上手いし、
サスケの好み通りになれると思うよ」
「別に男相手だって使う機会はあるだろう。それにオレの好みはカカシなんだから、
そのままでいてくれるのが一番いい」
「そりゃ、男相手の機会だってあるだろうけどさ…」

サスケの後半の台詞については深く考えないことにして、カカシはどうしたものかと頭を掻いた。
まぁ確かに、男相手でも使う機会はあるだろう。特に、サスケのような非の打ち所のない器量なら、
男だろうが女だろうが役に立つこと間違いなしだ。
口説き文句を棒読みにさえしなければ(ここについては別個指導せねばなるまい) こんなにいい男はいない。
大体、里の上客である殿様だとか富豪だとかいう連中は、何かと風俗の乱れていることが多いのだ。
まぁ、女だけでは飽き足らなくなっているのかもしれないが…
でもだからと言って…
やはり…

「どうしても女性経験もいるっつうんなら、
男のままで相手した後でもう一回体だけ女に変えてやってくれよ」
「は?」
「あ、顔はそのままでいいぜ。ていうか、そのままのほうが勃つから」

それなら女との経験も悪くないな、うん。などと相変わらず格好のいい顔で
変態としか思えないことを呟くサスケに、さすがにカカシが突っ込みを入れた。

「…お前、ちょっとそれは、おかしいことないか?」
「何だ。何かおかしいか?」
「なんで女性の体にオレの顔がついてんのさ。そんな気味悪いもんとできんの?」
「どこが気味が悪いんだ」

真剣な表情で真面目に尋ねてくるサスケに、あれ、オレなんかへんなこと言ったかな、と
思わずカカシは自省してしまいそうになる。しかしやはりどう考えてもおかしいのはサスケだ。

「キモチ悪いだろ!お前、オレだぞ!?今29で、もうすぐ30のいいトシだぞ!
大体そんなんを抱くっつーのもぞっとしないけど、その男の顔にだな、女の体が…」

言いながらなんだかカカシは自分で落ち込んでしまった。悪かったな、30目前のオッサンで…
大体なんでこんなことになってるんだ。なんで、選び放題の15の色男がオレを選ぶんだ。
これはやはり、育て方をどこかで間違ったのか?
しかしオレに育てた覚えはないが…もしかして手の込んだ嫌がらせか。
それにしては随分と捨て身な…
そんな兵法は最後まで出すものでは…

「アンタが女の体も知ってたほうがいいっつーから女の体でもやってくれって頼んでるんだろうが。
別にやらなくてもいいんなら男のままのあんたとだけでいい。
言っておくが、気味悪いなどというのは一切ない。オレは、あんたなら何でもいいんだ」

はぁそうですか。思わずカカシは頷きそうになった。お前、なんでそんなしょうもない台詞は
流暢に喋れるくせに、普通の口説き文句を練習させたら棒読みなんだ。

「なぁ、引き受けてくれたってことは、いいんだろ。オレとやる覚悟なんてできてんだろ。
…オレのもんになってくれるんだろう?」

熱っぽく囁きながら、サスケは待ちきれない、とばかりにカカシの腰を引き寄せた。
えっちょっと待てお前、お前ほんとに童貞なのか。
ていうか、オレはお前のものになるなどと言った覚えは…
あまりな台詞にカカシが固まっていると、カカシの両の足の間に自分の体を割り込ませて、
サスケが圧し掛かってきた。そうして、抜け目なくカカシの袷に手を入れる。

「もういいだろ?今ここに、オレとアンタとしかいないんだぜ。…ほら、オレだってもう…」

おっおっお前そんなもん押しつけるな!真っ青になったカカシは、しかしサスケにガッチリと抱き締められて、
カカシの下半身にはサスケの熱を持った半身が押し付けられていた。
えっていうか、なんでこいつ勃ってるんだ。オレ、普段のままだよな?
なんでサスケのここは、こんなガッチリと…

「言っただろ、オレはあんただったら勃つって…。アンタが好みなんだ。
アンタしかいらないんだ。…好きだぜ、カカシ…」

サスケの強烈な言葉のカウンターパンチを喰らって、カカシは動けなくなってしまった。
熱烈な告白も、内容を検分してみればおかしいことこの上ない。
元教え子に、しかも14も年の離れたガキんちょに、大体同性に、いっぱしに大人らしさを主張している部分を
押し付けられて体を抱き込まれて、カカシの頭は真っ白だ。
しかしそんなカカシをこれ幸いと、サスケは手際よくカカシの着物をはだけていった。

「アンタ、白いな…」

ちょっとお前、そんな台詞真面目に言われたら恥ずかしいからやめて。
言いたいカカシは、けれど、サスケの体に乗っかっている男前な顔のせいで図らずもドキドキしてしまった。
ああ、ちょっと待て、オレは変態じゃなかったはずだ。

「キスしても、いいよな…?」

だからそういう恥ずかしいことをいちいち口に出すなよ!
言葉責めの素質があるかもしれない、などと思いながら、
降ってきたサスケの唇を大人しく受け止めるカカシの胸は、
これまでになく早く波打っていた。
上気している頬がサスケのせいだなんて、嘘だ。
こんな小さい体に抱き締められて緊張しているなんて、あるわけがない。

けれど、口づけの合間に漏れるカカシの吐息は十分に甘くて、それはますますサスケの激情を煽っていった。

「…ここか?」
「…もう、うるさ…い…」
「指南だろ。ちゃんと教えてくれよ、センセ」

サスケはカカシの平らかな胸にぽつりと尖っている左の突起を口に含んだまま、
ふふ、と唇だけで笑った。
それに合わせてかすかに揺れるカカシの表情にサスケは気を良くし、
食んだままの突起を軽く引っ張ってみる。

「…あっ」
「へえ、この辺は男も女も同じか」

物珍しそうな顔を一瞬見せて、それからサスケはすぐに狩りをする獣の顔に戻る。
こいつ…誰が童貞なんだ。
童貞っていったら始めた途端につっこむことにばっかり意識がいくもんじゃないのか?
なんで、こんな中年のオッサンみたいにじっくりと前戯を…
カカシはそこまで恨み言を思って、それからやっと自分の役割を思い出した。

「…人による、よ、そこは…男は、感じないやつもいるし、…」
「アンタは感じるんだな。じゃあオレはラッキーだ」

何がラッキーだ!!
こんのバカタレーとその憎らしい頭をはたいてやりたいが、サスケのあたたかな舌が左の突起を嬲り、
ささくれのできた左手が右の突起を摘み、さらに時折サスケはヒザでカカシの下半身を押してくる。
カカシはもう、悪態どころではなかった。せめてこいつに、ある程度の指南はしなければ…
でもなんでオレ、こんなに感じてるんだろう?
指導ぐらいチョロイと思ってたのに。

「前戯はそんなもんでいい、よ…お前がっつかないし、上出来、つぎ、は…」

言いかけたカカシの脇腹を、不意にサスケの右手がくすぐって、
それから突起に這わせたままにしていた左手で、その赤い蕾をひねりあげた。

「ひゃっ」
「あんた、体薄いよな」

くそっこいつ…!カカシはもうほぼ涙目になりながら、
目の前の14も年下の男の無体な所作に 反応を返した。
もう、さっさと終わらせてやる、こんなこと…さっき少しでもときめいた自分がバカみたいだ。

不機嫌になったカカシに気付いたのか、サスケはふっと表情をゆるめて微笑むと、
カカシの頬にちゅっと音を立ててキスをした。

「ごめん」

面白がってるわけじゃないんだ、あんたがあんまり可愛いから…
もっとあんたの色んな顔が見たい。

男前な顔で胡散臭いことこの上ない台詞を至極真面目に呟かれて、その後もう一度優しくキスされて、
カカシは自分の体が高ぶってくるのを認めないわけにはいかなかった。
そしてそれよりも、心が高ぶっていることを。
ああ、もう、何なんだ、オレは。一体どうしちまってるんだ。

けれど、心配そうに覗き込んでくるサスケの視線に気が付いて、
カカシはなんだかどうでも良くなってしまった。少なくとも、遊びとか冗談でこういうことを言ったり、
男を抱こうとしたりしているわけではないだろう…サスケの場合。
大体こいつなら、好意がなければまずセックスなんかできないんだろうし…

「カカシ?」
怒ったか?ごめん。サスケが更にこわごわと、カカシの顔を覗き込んでくる。

いいか。里一の男前に好意を持たれているのは事実みたいだし。
返事の代わりに困ったような笑顔でカカシが微笑めば、
15らしい無邪気な笑顔と一緒にキスの雨が降ってくる。
あーオレ、ちょっとヤバイかも…
段々と体の熱に奪われてゆく思考の片隅でそんなことを思いながら、カカシは目の前の体を抱き締めた。

「もう、大丈夫、か?」
「ん、いいよ、いれて…ゆっくり、ね、…」

言い終わらない内にサスケの猛ったものが、カカシの後腔にずるりと入ってきた。
はっ、はっ、と浅い息継ぎの間に、カカシが背中越しのサスケの顔を見遣ると、
サスケは滅多に見せない余裕のない表情をしている。
サスケのいつだって真剣な顔には、玉のような汗がびっしりと浮かんでいた。

「っ、カカシ、…」

その声色と表情から、カカシは先刻までのサスケの余裕が半分以上作られたものだったことに、
唐突に気付いた。きっと、先を急ぎたい気持ちを一生懸命抑えていたのだろう。
色事の研修なのだから、何もそんな、恋人にするような気遣いをみせなくても良いのに…
そこまで思って、カカシは、自分を抑えていたサスケの胸の内を知る。

「ん、いいよ、もっと急いでも…大丈夫だから、オレは…」

慣れてるからさ。そんな無粋な一言は飲み込んで、
カカシは振り返ってサスケの頬に優しく手を伸ばし大事そうに撫でてやった。
瞬間、カカシの中でサスケの質量が更に増す。

「バカだね、ムリしなくても良かったのに…さっさと入れても怒んないよ、オレ。
一回抜いてから前戯だってやり直しさせてあげたのに」
「…アンタと、だから、ちゃんとしたかったんだ、」

サスケはやはり余裕のなさそうな顔で、でもきちんとカカシの目を見て真剣に話す。
…バカだね、ほんとに。
カカシの目頭がじんわりと熱くなった。

「!?カカシ、痛いか、おい…やめるか、」

バカだよ、お前。オレはお前みたいな綺麗な体じゃないよ、これくらいで痛いわけないのに…
今やめたらお前がつらいくせに、14も年上の男思いやってさ、バカだね、ホントに、…

「…やめられるほうがつらい。サスケ、もっと、して、…」

その一言が堰を壊してしまったように、サスケはカカシの腰を抱え込んで
後ろから乱暴に揺すり始めた。
切なそうなカカシの吐息を聞く度、サスケの腕に力が籠もる。
時折カカシの足が布団を蹴り上げサスケの足に当たり、宥めるようにサスケがカカシの項に唇を寄せた。
後ろを振り返ったカカシはもどかしそうにサスケを見つめる。
サスケは無理な体勢でカカシにキスを与えて、また乱暴に腰を揺すった。

二人が遊郭に入ってから何刻経ったのか分からなかった。ただ、夕暮れの暮色に彩られていた空には
もう月が上り、二人の下で乱れるだけ乱れている布団の鮮赤が、太陽の名残のように見えた。

「あーーーーーー…」

ガラガラに掠れた声で、カカシは後悔に満ち満ちた声を出した。
隣では、出せるものを出し切ってスッキリとしたサスケが、初めて見たんじゃないかというほどに
満足そうな顔をして眠っている。

結局昨日の晩は5回もやってしまった。男の体で3回、女の体で2回だ。
最初の一回で大体の勝手を掴んだサスケは
(そう、カカシが密かに危惧していたことだが、やはりサスケの物覚えはこういう場合に至っても
他の少年たちと比べて段違いに良かったのだ)
2回目、3回目とめきめきと上達し、最後の方にはカカシを感じさせる事に夢中になった。
いや、それよりも、女の体にカカシが変化した時、男の体との違いを見せろと
サスケはあの真剣な顔でカカシに詰め寄って、
その結果カカシはなぜかサスケの前で大股を開き、ひとつひとつ女性器について講義するハメになったのだ。
その時は、さすがのカカシも何の羞恥プレイだ、と穴を掘って潜りたい気持ちになった。

「もう、どうすんのよ…」

しかしそんなことよりも、どうしていいのか分からないものがカカシの中にできてしまった。

「お前…お前のせいだぞ!」

小声で文句を言ってサスケを睨み付ける。
でもカカシのその手は、言葉とは裏腹にサスケの髪を優しく梳いていた。
今まで、サスケに対して「元生徒」という括りしかなかったカカシの内に、
新しい感情が顔を出しかけていることに、
カカシはしぶしぶながら認めざるを得ないのだった。

「ん…」

起き抜けの、でもその理由からだけではない掠れた声がサスケの口から発せられる。
そんな、昨日までなら何気なく聞き流していたはずのサスケの声に、
カカシは全身で反応を返してしまっていた。
そうして自己嫌悪に陥っている隣のカカシに構うことなく、サスケはむくりと起き上がった。

「何だあんた、早起きだな…おはよう」

言って、サスケはチュッとカカシのおでこにキスをする。
カカシは一瞬何が起きたのか分からずに真っ白になった。

「なんだ、まだ十時じゃねぇか…アンタちゃんと寝たのか?もう少し寝てろ、ここ昼まで借りてあんだろ」

普段のサスケからは想像も出来ないような怠惰な台詞を吐き、サスケは当然のようにカカシの腰を抱く。
そうして、カカシの頭を自分の方にもたれさせたまま、彼はもう一度眠りに入ろうとした。

「…ちょーっと待て!!」

流されそうになる自分を必死に堪えて、カカシはサスケを叩き起こす。
眠さのさいか、不機嫌全開に見える顔で(でも、そんなに不機嫌ではないこともカカシはきちんと気付いている)
サスケはじろっとカカシを睨んだ。

「…何だ」
「言っとくけどっ!オレはお前の恋人になったとか、そーゆーんじゃないからな。昨日のは研修だぞ、研修!」

すると、しばらくきょとんとカカシを見つめていたサスケの目が、今度こそ本気の不機嫌の色を宿して
カカシを捉えた。今にも千鳥でも繰り出しそうな凶悪な面構えだ。

「…アンタ、自分が言ったこと覚えてないのか」
「え?」
「昨日の晩、あんただってオレのことが好きだって言っただろう」
「は?」
「言ったぞ。オレは確かに聞いた。オレと付き合ってくれって言ったらあんたちゃんと頷いて、
泣きながらオレに…」
「わーーーーーー!!!」

不穏なことを言い出したサスケの口をとりあえず塞いで、カカシは軽いパニック状態に陥った。
オレがサスケを好きだって?まったく覚えていない。
大体、あんなわけも分からなくさせられてる状態で口にしたことなんて、いちいち覚えているはずもないし、
何かを言ったとしてもそんなのは無効だ。
そう、口にしかけたカカシに、

「…本当に覚えていないのか?」

サスケがやや沈んだ調子でカカシに問いかけた。
起き抜けの顔は少し気怠そうで、でもやはりその瞳はとても澄んでいる。
そんな目に真っ直ぐ見つめられて、でも、まるで飼い主に叱られた子犬のように少し悲しそうな調子で、…

きたない!お前、きたないぞ、サスケ!!

「えっ…だ、だって、オレ、後半とかほとんど記憶飛んでて自分が何言ったかなんて覚えてないし…」

言いながら、カカシは何か自分が悪いような気になってくる。
それもこれも、目の前で明らかに悲しそうな顔をありありと見せて
自分の言葉を黙って聞いているサスケのせいだ。
なんでオレが罪悪感なんて持たねばならんのだ。

「…じゃあ、今は、どう思うんだ。オレのこと…」
「えっ…」

ふいうちの質問にカカシはますますうろたえる。けれどサスケはそんなカカシの様子を是でも否でもなく、
ただ黙って見つめている。
少し悲しそうな瞳で。

「ほんとに、オレのこと何とも思ってなかったのか。昨日言ったことは全部、その場限りの言葉なのか」

だからオレはなんにも覚えてないんだって!
勘弁してくれと叫び出したいのに、カカシの口からはどんな音も出てこない。
代わりに、目の前の真っ黒で真っ直ぐなサスケの瞳を、ただじっと見つめた。

「オレのことは、嫌いか?」
「き、嫌いじゃない!けど…」
「けどなんだ」

耐えきれなくてカカシは目を伏せてしまった。昨日言ったことを覚えていないのは本当だけれど、
もう答えの出てしまっている自分の気持ちを口に出してしまうのは、それは余りにも、…

「…オレ、もう29だし」
「そんなことは聞いていない」
「男だし…」
「どうでもいい、そんなこと!」

今度こそ千鳥が来るんじゃないのか。そんな剣幕でサスケはカカシに怒鳴った。

「…オレは!あんたとできて本当に嬉しかったんだ!今こうやって隣にいるのも、触れることができるのも、
すごく幸せなんだ!あんたはどうなんだって聞いてるんだ!」

そんなこと怒鳴りながら言うなよ。そう思いながらも、怒鳴りながら回されたサスケの腕に、
そこに込められた強い力に、カカシは飲まれてしまいそうになった。
…いいかな、飲まれても…
だってオレ、嬉しいんだもんな。サスケに抱き締められて。嫌だなぁ…

「オレさぁ、もうすぐ三十路だしさ」
「あんたは見えないから大丈夫だ」
「お前みたいの相手にしたら、何を言われるか分かったもんじゃないし」
「それはこっちだって同じことだ」

何気に失礼な言葉を返しながら、サスケはカカシを抱く腕に力を込めた。少しの期待を織り交ぜて。

「ほんとは、お前みたいの絶対趣味じゃないんだけど」

「お前のこと、好きかも」

瞬間飛んできたキスの雨を上忍の瞬発力でサッと避けたカカシは、
めげずに圧し掛かってきたサスケに仕方がない、とばかり笑って、自分からキスをしてやった。

正午、申し訳なさそうにカカシたちの部屋の襖をそっと開けたかむろが、
しかしすぐに顔を真っ赤にして廊下へ飛び出して行った。

「もう…これだけはどうにかならんもんかねぇ…」

カカシはサスケを待つ上忍待機所で、何度目かの溜息をついた。
サスケがやって来るまで、もう少しだろう。
あれ以来、サスケとカカシは「お付き合い」をしている。
今、立派に中忍になったサスケとカカシはもう7班のスリーマンセルではなく、
それぞれ別々に隊を組み、任務をこなす忍だ。
別に、もうほとんど同居状態なのだから家に帰りさえすれば一緒なのだが、
サスケは何かとカカシを側に置きたがった。今も、カカシの任務報告はとうに済んでいるのだが、
1時間弱なのだから待て、というサスケの言葉に素直に従って、カカシはサスケを待っている。

一緒に帰るのは嫌ではない。むしろ、嬉しい。帰る道々、サスケは必ず夕飯の買い物を済ませる。
二人で並んで歩きながら、今日のメシはあれがいい、これがいいと、家族のようなやり取りを
甘い声音で繰り返すのは、単純に幸せで楽しかった。
しかし…

「よーぉカカシ。今日は彼氏はまだなのか?」

出た…とげんなりした様子でカカシはじろっとアスマを睨んだ。
ある程度予想していたものの、サスケとのことを上忍の仲間内に知られてから、カカシは体の良い
暇つぶしのネタとして大人気である。早い話、毎日毎日しょうもない言葉の応酬に遭っているのだ。
最初、カカシはサスケとのことを隠しておくつもりだった。
大体からして大声で吹聴できるような関係ではないのだから、何も自分から広めて回ることもない。
しかし、サスケは頑として首を縦に振らなかった。
その理由が「アンタに悪い虫がついたら困る」というものだ。
おいおい、お前正気か…こんな董の立ったオッサンにつく妙な虫がお前以外にいるなんて、
こいつは本気で思ってるんだろうか。
それよりも、サスケに恋慕しているくのいちに付け狙われるオレの命を心配して欲しい。
しかしカカシが何を言ったところで無駄だった。初めての恋を成就させた思春期の思い入れは、殊の外強い。
カカシにしたところで、サスケに恋人らしいことをしたいとねだられて悪い気はしない。
しない、しないが、しかし…。
しかし、こう毎度毎度からかわれていると、皆に言う事に対してもっと強く反対すれば良かった 、と
後悔せざるを得ないのだった。
だから、嫌だって、言ったじゃないか…

「あら、カレシならさっき私の前の前ぐらいで報告出してたわよ。そろそろ来るんじゃないのかしら」

その美貌と裏腹にきついことこの上ない美人の上忍が、人の悪そうな顔で笑ってカカシに手を伸ばすのと、
サスケが声をかけるのと同時だった。

「カカシ!」

「あ、サスケ 」

瞬間ぶわっと生まれたピンク色の空気に、
今度はカカシをからかっていた上忍がげんなりとした顔をした。
勿論、当の二人はそんなことには気付かない。

「待たせたな、帰ろうぜ。今日は寝室のシーツをもう二組買って帰りたいから、
ちょっと先のモールまで足を伸ばすぞ」
「あれ、買い足すの?」
「最近雨が多いからな、生乾きのシーツなんかあんたも嫌だろう」
「サスケがもうちょっと大人しくしてりゃそんなに毎日洗濯しなくてもいいんだよ」

もうこれは言葉の暴力ではないのか。
早く出て行けと、アスマを始め待機所にいる上忍数名は揃って祈った。
二人のピンク色の会話を聞かされている内に、アスマ達の顔からはだんだん生気が抜けていく。
付き合い始めのカップルとは、こうも暴力的なまでにピンク色なものか…、いや、あのうちはと
常識知らずのカカシの取り合わせだから余計心臓に悪いんだ、云々。

せめてものウサ晴らしにカカシをからかうことぐらい、どうということはあるまい。
アスマは、この二人のやり取りを間近で聞かされる度に思う。
そんなことにまるで気付かないカカシは、「だから皆に言うのは嫌だって言ったのに、
オレ毎日からかわれるんだから」などと不平とは思えない声音で切々とサスケに訴えている。

ようやくピンク色の足音二組が遠ざかって、待機所の上忍はホッと息を吐いた。
そんなことも知らずに、サスケとカカシは人通りの途切れた道でそっと互いの手を握った。

そろそろ夕暮れの空は闇色を濃くし始め、ちらほらと星が顔を覗かせる。
それは、カカシとサスケが初めて過ごした時間と同じ色に暮れてゆく。
けれど今、二人の間に流れる時間はあの時よりも甘くて深い。
そんな甘さに食中毒を起こしかけている周囲をものともせずに、カカシとサスケは
闇色が完全に降りる前に、布団を一組だけ敷くのだった。


---------------------------------------------

元ネタはまどかさんでした