2005/10/16 ■ 発熱(ナルカカ・15×29)
3年振りになつかしい里に帰って来て、俺は何だか泣きそうになった。
決していい思い出ばかりがあるわけじゃないけれど、でもここはやはり俺の故郷だ。
思い浮かぶのはサクラちゃんの顔、
サスケの顔…(…今はいないけど。でもすぐ戻るはずだ)、
シカマルの、チョウジの顔、
それから、カカシ先生の顔。



里は三年前とまったく変わっていなくて、その町並みは俺を安心させた。
路地裏には三年前と変わらず野良犬がうろうろとしていて、
見上げる空は綺麗に澄んでいる。
俺が声をかけた時、カカシ先生はとても意外そうな顔をして俺を見た。

「ただいまってばよ、センセ!」
「…ナルト。びっくりした」

傍から見たらてんで驚きもしていなさそうな顔の先生だが、俺には分かる、
先生は本気でビックリしてる。俺は嬉しくなって先生に抱きついた。
驚いている先生は、それでも嬉しそうな気配がだだ漏れだ。
全然変わっていない。
凄い忍者のくせに、この辺の間抜けさが俺は大好きなんだ。

「…背、伸びたな、ナルト」
「センセは全然変わんねーってばよ」
「そりゃお前、この年で背が伸びたら気持ち悪いよ」

それから先生は笑って、おかえり、と言ってくれた。
ああ、何だか昼に食べたラーメンが出てきそうなぐらい、胸がいっぱいだ。

「でもビックリした〜お前、里に入ってきてからまっすぐこっち来るからさ」

片方だけ見えている右目を細めて先生が意外そうな声を出した。
何だってば?それって。

「なんで?」
「え、だってさ、一番に俺のとこ来るなんて思わないじゃない、
先にサクラのところか、ほらイルカ先生のとことかさ」
「なんだよ、悪いのかよ」

俺はちょっと機嫌の悪そうな声を出してしまった。
なんでそんなこと言うんだ、カカシ先生の気配は確かに嬉しそうで、
俺のこと邪魔にしてる風じゃないのに。
そしたらカカシ先生は少し慌てたように言葉を紡いだ。

「いや、そうじゃなくてだな、ちょっと意外だっただけだよ。
一番に会えて嬉しいよ」
「ホントかぁ?」

口ではそんなことを言いつつも、先生の言葉に俺はすぐに機嫌を直した。
全然変わっていないカカシ先生。山猫みたいな、銀色をした癖毛の頭。

「ほんとだよ」
「その割には嬉しそうじゃないってばよ〜。
イルカ先生ならこうさ、おかえり!とか言って
ガシッて抱き締めてくれたりすんのに」

冗談交じりに俺がそう言うと、
カカシ先生はちょっと目を細めて悲しそうな顔をして笑った。
え、なに?
なになに?
俺、まずいこと言っちまったのか。なんでそんな顔すんだよ。

「…そっか」
「なに、どしたの、カカシ先生」
「ん、なんでもない、…悪いな、俺…その、なんだ、そういうの気が利かないっていうか」

うまくできないんだ、ごめんな。
俺から少し目を逸らせて、またちょっと悲しそうに先生は笑った。
なんでそんな顔すんの。
俺は先生に会えて嬉しいのに。

「センセ、」
「あ、ほら、お前イルカ先生のとこにも行けよ、あの人きっと大喜びするぞ」
「先生は?」
「ん?」
「先生は?嬉しいって言ってくれただろ、それ嘘じゃないよな?」

先生は目を見張って俺を見た。もちろん嘘じゃないよ。
そう言った先生の右目は、やっぱり海みたいにきれいな青い色をしている。

「じゃなんでイルカ先生のとこ早く行けとか言うんだよ」
「それはお前だって…早く会いたいんじゃないかと思って…」
「俺は先生にまず会いに来てんだろ」

また語尾が強くなってしまった。
こういうの、気をつけねぇといけないって分かってるんだけどな…。

「…そうだよな、ごめんな、ナルト」
「謝んなくていいってば。…先生、どしたの?」

俺が覗き込むとカカシ先生は居心地悪そうに目を逸らして、
それから情けなさそうに笑ってぽつりと言った。
慣れないんだ、こういうの。お前のせいじゃないよ、ごめんな。
笑っているけれど、先生は少し悲しそうな顔をしていて、
俺はなんだか先生を苛めているような気分になった。
なんか、可哀相な感じなんだ。どうしてそんな風に笑うんだろう。

「慣れてないって、何が?」
「ん?…うーん、俺に一番に会いに来るとか、
そんな人今まであんまりいなかったし。
それに、お前みたいに来てくれても、俺、うまく反応できないから…」

お前が喜ぶようにできたら良かったんだけど、俺、下手だからなぁ。
イルカ先生みたいだったら良かったんだけどなぁ。
そんなことを言うカカシ先生は、とても寂しそうで、
イルカ先生みたいにできない自分を恥じている風だった。
俺はなんだか先生が可哀相に思えてしまった。
俺よりずっと大人で、強い人なのに。
先生を抱き締めてあげたいなんて、俺は初めて思った自分に戸惑った。

「…先生はそのまんまでいいよ。
別にイルカ先生と一緒じゃなくていいんだってば」
「ん、そうか」

先生はまた少し笑って、俺の頭を撫でてくれた。
カカシ先生の手のひらは体温が低いはずなのに温かくて、大きくて、
それから俺をドキドキさせた。
三年前は撫でられたら嬉しいだけだった。ドキドキなんてしなかったのに。

「なぁ、先生」
「ん?」

出し抜けに俺はカカシ先生を抱き締めてみる。先生はビックリしている。

「俺が先生の分抱き締めたりしてやっからさ、先生そのままでいいってばよ」
「…そうか」

先生はほっとしたように笑って、ボーッと抱き締められるままになってくれた。
バカだな、先生。
俺がずっと子供だと思ってんだろ、
バカだな。
俺が3年の中にどんな変わり方をしたのかなんて…
先生はきっと気付いちゃいない、
今先生を抱き締める俺の心臓がどうなっているのかなんて、
俺が先生をどういう風に思ってしまうのかなんて、気付いちゃいないんだ。
バカだな、先生。

「…なんか、ナルト」
「ん?」
「四代目以来だ、こんなことされるの」

ふふと笑って先生は頭を揺らした。なんだか、いい香りがする。

「四代目?」
「うん、四代目だけ俺に一番に会いに来てくれた、そういえば。
それでこんな風に俺に抱きついてきたのも四代目と…
あとはお前だけだよ、ナルト」
「ふぅん…」

俺は嬉しいような面白くないような気持ちで先生を抱く腕に力を込めた。
四代目…
そっか、でも四代目以上のことを、俺は先生にしてやるってばよ。今決めた。

「なぁ先生、俺のこと好き?」
「なんなの、いきなり…まぁ、好きなんじゃないの?」
「そう?」

俺が嬉しそうに笑うと、
先生はやっぱり少し照れたように視線を逸らしてしまった。

3年ぶりに会う先生は変わりがなくて、でも少しだけ、
3年前よりどこか頼りなさそうに俺の目に映った。
それは俺が変わってしまったのかもしれない。
もしかしたら、3年前から…そのころから、先生は俺の気付かないところで、
少し悲しそうな顔をしていたのかもしれない。

「なぁ先生、俺、先生が好きかも」
「どうしたのよ、今日は…久しぶりに帰って来て頭のネジ緩んでんじゃないの」

先生は笑っている。
俺も笑って、
それから大人しく抱かれたままになってくれている先生の唇にキスをした。

目を見開いた先生が何か言う前に、俺はもう一度キスをする。
先生の肩越しに見える里の青空は、3年前と同じ色で、
けれど少しだけ俺の近くに感じた。

「センセ、スキ」

その声は自分でもハッキリと分かるくらい、熱さに潤んでいた。
固まってしまった先生の肩に顔を埋めながら、
十分前からできてしまったこの心の中の甘い重石を、俺はどうするべきかと考えるのだった。