2005/10/17 ■ 糧となりて(サスカカ・16×30)
復讐を生きていくための糧にするのは感心しないねぇ、と
あいつは相変わらずの無表情で言った。
でも、その後、
生きていくための支柱を他に作れないのなら、俺は止めないけど、
と、
聞こえるかどうか分からないくらいにちいさく囁いた。

俺は生き続けるために、自分を立たせる理由が必要だった。
父さんの後を追わないために、母さんの亡骸の前から立ち上がるために。
サスケ、サスケ、
思い出の中に浸り切ってそこに埋没してしまいたい、
そんな自分を前に進めるためには理由が必要だったのだ。
それが前向きなものでなかろうと、
人に責められる筋合いはない。


それが3年前だった。
今、俺の新しい理由は隣で寝息を立てている。
少し酷く抱きすぎて
(もう三ヶ月になるが、いまだに俺は始めてしまうと加減が利かない)、
カカシはほとんど気絶するように眠りに落ちてしまった。
カカシ、カカシ、
俺は抱くたびに、夢見心地で、時には意地の悪い気持ちで
その名を口にする。
苦しそうに、それでも返事をしようと口を開くカカシに、
俺は嘗てなかったほどの満足感と安堵を覚えている。

「なぁ、サスケ」
「なんだ」
「俺が理由でなくなってしまったら」
「うん?」
「新しい理由ができたら」
「………」
「そっち取ってもいいよ」

俺は生きていくために理由が必要だった、
今はそれがカカシだ。
でも俺は気付いている、俺はもう、たぶんカカシを理由にしなくても
生きていくことができる。
そして、理由としてではなくて、
カカシを人生の祝福として愛することができる。
そうしてカカシもまた、そのことに気付いている。

「それは、お前が強くなったんだ」
「それは、お前が成長したから」
「俺が、いなくても大丈夫になったら」
「捨てていいんだよ」

カカシを理由にして抱き始めて、俺はまた気が付いた。
カカシの中にはぽっかりとした穴が空いていて、
俺はゆっくりとその穴を埋め込んでいったのだ。
それは俺の意志ではなかったけれど、
俺が欲したことそのものだったから、同じことだったかもしれない。
カカシもまた生きる理由が必要だった、
そしてそれは今までカカシの左目だったのだ。
埋め込まれた写輪眼。死んでいった分だけ増えてゆく記憶。
そこに俺が入り込んだ、
俺はいつの間にかカカシの生きる理由に成り代わった。

「俺があんたを捨てて」
「うん」
「そうして3年後ぐらいにまた戻って来たらどうする」
「ん?」

そんなことはあり得ない。
しかしあり得ないということこそ、あり得ないのだということは、
俺は短く長い3年のうちに気付いた。

「…そういうことサスケはしたりする?たとえば、捨てて、また拾ったりとか」
「するかもな」
「そうか、じゃあ」

サスケに捨てられたら、それからはまたいつか戻って来てくれるかも、って
それを支柱にして生きて行こうかな。
冗談めかして最後は笑いながらカカシはそう言った。


生きる糧など、人それぞれだ。
誰に対しても話せるようなものを持っているのなら、それは幸福なのだ。
だけど俺は今幸福だ。

こんなにも自分の愛するものを手の内に閉じ込めたことなどなかった。
こんなにも自分の愛するものに哀れな台詞を吐かせたことなどなかった。

俺は生きていくために理由が必要だった、
でも俺は気付いている、俺はもう、
理由がなくてもたぶん立っていることができる。
この手を離して、カカシが倒れるのを見届けて、そして歩くことができる。

俺はカカシの頬を優しく撫でた、安心させるように。
眠っているカカシは気持ち良さそうな顔で身じろぎをして、
それから俺の手に頬を摺り寄せてまた寝息を立て始めた。
俺は、
俺を一人で立たせてくれたもの、
そして俺が手を離してしまうとそこに蹲ってしまうもの、
そんな愛しいものの頬をもう一度撫でた。

熱気を孕んだ部屋の中に、夜がまた降りてきた。