2005/12/14 ■ 傷跡(ナルカカ・15×29)
「先生、唇どうしたの」
「うん、切っちゃった」

聞いたって仕方ない。カカシ先生は同じことしか言わない。
でも俺は、見ているのがつらくて聞かずにはいられない。

「よく切るね、先生ぼーっとしてるもんな」
「ハハ、ナルトに言われちゃ俺も終わりだな」
「ハイ先生、せなか」
「ん、悪いねぇ」

俺は先生がパジャマをたくし上げようとするのを遮って、
ゆっくり服を捲ってやった。
きれいな背中が現れる。
きれいな背中、傷なんかあんまりなかった背中、
が 現れる。

「傷増えたね」
「ん、今回のでちょっとね」
「ふぅん」

俺は無関心を装って、どう見てもこの2,3日にできたわけのない、
瘡蓋も消えかけている傷跡に湿したタオルを当てる。
先生の肩が反応してピクリと上がって、
俺はその肩を押さえつける無骨な指を思った。

「先生、あとどれくらいで戻れんの」
「三日もすれば体は動くから…チャクラが戻って任務に出れるのには
一週間ぐらいかな」
「そっか、早く戻れるといいな」
「そうだねぇ、ナルトにこんなことさせんのも悪いしね」
「何言ってんだってばよ、俺ってばこんなの、いくらでもやってやるってば」
「ハハ、ありがと」

体が動くのに三日。
また、セックスできるようになるのに三日。
たぶん、チャクラが回復するぐらいまでは、待ってもらえないんだろうと思う。
それとも、回復しきれていないところを、わざと嬲られるのか。
俺は黙って先生の背中をタオルで拭い続ける。
先生はチャクラ切れでまだ動けないから、風呂に入れないのだ。
だから俺が、湯で湿らせたタオルで毎日体を拭いてやる。
優しく優しく拭いてやる。
優しく、優しく、…
と、意識しすぎて力んだ俺は、タオルを放り上げてしまった。
掴まえようと、手を振り上げる。手のひらが先生の頭の上に振りかぶった。

「っ!!」
「あっ、先生、ごめん!」

反射的に肩を揺らした先生は、一瞬だけど、
確かに怯えた視線を俺に寄越した。
俺は、頭の上に手が伸びた途端に怯えてしまった先生の目を見なかった振りをして、また体を拭き続ける。

「手が滑ったってばよ」
「うん」

せなか。きれいだったせなか。先生のせなか。
今は傷跡だらけのせなか。火傷のあともあるせなか。
先生は凄い忍者だから、背中に傷なんかできないのだ。
背中を空けたりしないのだ。
傷なんか、できないのに。

「先生」
「ん?ナルト、どうしたの」

傷跡だらけのせなか。火傷のあともあるせなか。傷だらけの先生。

「なんで、こんなことされて、そんな奴がいいの」
「…何言ってんの、ナルト」
「先生、傷なんかなかったってばよ。段々ひどくなる。
見るたびにひどくなってるってば」
「お前だって、傷はできるでしょ。…お前だって、治っちゃうから他の人には
見えないだけで、本当は傷だらけじゃないの」
「俺ってばこんなにひどくない」
「見えない傷で、判断できないよ」

そう言う先生は、見える傷より見えない傷のほうが多いのだと、
俺はいつ気付いたんだろうか。

「見えてるだけでもこんなにぼろぼろなのに」
「ぼろぼろって、失礼だなぁ、オマエ」
「俺だったらこんなことしないのに」
「………」
「好きな人の代わりに、俺が傷ついてやるのに」
「…ナルトに好かれた子は、幸せだね」
「俺ってば傷できても治るからな。代わりに引き受けてやるんだってばよ」

いつの間にか先生の体を拭く俺の手は止まっていた。
先生の体に付けられた傷をひとつずつ指でなぞる。
先生はくすぐったそうに笑っている。

「なぁナルト、俺ってそんなに傷多いか」
「うん。増えたってば。前のもなかなか治んないから」
「…そうか」

そう言った先生は、確かに嬉しそうな顔で笑った。
なんでそんな顔で笑うんだってば。
手を振り上げた途端に反射的に怯えてしまうような、
そんなことをされているくせに。
なんで、そんな幸せそうな顔で笑うんだってば。

「先生、早く、治ればいいのにな」
「…治らなくても、いいんだよ」

え?という言葉は喉の奥に飲み込んでしまった。
先生が、手首についた傷跡(もちろん戦闘でできた傷ではない)に、
軽く口を付けたのが見えたから。

「…なぁ先生、俺だったらもっと、優しくしてやるってばよ」

先生は笑って何も言わなかった。
俺は、またゆっくりと先生の背中を拭き始める。
きれいだった先生のせなか、今はぼろぼろの先生のせなか。
その背中にある傷跡を、俺は心の中で数え始めた。
先生につけられた、
皮膚を裂いてつけられたキスマークの数を、ひとつずつ数え始めた。

開け放しの窓から強い風が入ってきて、撫でるように先生の頬を打った。