| 2006/08/18 ■ ロックス・オフ(ナルカカ・18×32) |
| ※「ボクシング・ディア」を先に読んでください ------------------------------------------------------ 「ナルト、お前、その匂い消せよ」 クセェ、とサスケが顔を顰める。 「やーなこった」 オレは真面目に聞いていない振りで、にっと笑ってみせる。 サスケの眉間に刻まれた皺が、ますます深くなる。 「女くせぇっつってんだよ」 「いーじゃん。甘くていーにおいだろ」 「毎日毎日どこで調達してくるんだ、そんな甘ったるい匂い」 「向かいの女の子。いっつも母ちゃんに抱っこされてるからよ、 母ちゃんの匂いがうつっちゃってんだよな。 で、それをオレが抱き上げっと、いーカンジだろ」 オレはちょっと得意気にサスケを見遣る。 くだらねぇ。吐き捨てるようにサスケが言った。 5歳の女の子の残り香、それは母親の残り香のそのまた残り香だから、 一般人にはまったく感じ取れないはずだ。 オレたち忍の鼻だけが、その微かな残り香に女の存在を 嗅ぎ取ることができる。 「……カカシの前でも消さねえのか」 「当たり前じゃん」 何のためにやってっと思ってんだってばよ。 そんなオレにサスケは返事をせずに、 忌々しそうに派手な舌打ちを寄越した。 「女を抱いた時には完璧に消すくせにな」 「当たり前だってばよ。あんな遊びで別れる切っ掛けになったらたまんねぇ」 オレの答えにサスケはピクリと眉を上げる。 忌々しそうな顔、そんな顔をしていても、こいつはやっぱり男前だ。 「その匂いはどうなんだ、毎日毎日セッケンくせぇ」 「ちゃんと説明すってばよ?カカシ先生が聞いてきたらさぁ」 ニシシ、と笑ってオレは付け加えた。 でもカカシ先生何にも聞いてこねえんだよな。自分から言うのも、何だし? 「……クソ野郎」 「今さらお前に言われたって痛くも痒くもねってばよ」 「痩せたぞ、カカシ」 「知ってるよ?毎晩抱いて寝てんだからさ」 サスケは嫌そうな顔をするとオレをまた睨みつけた。 「……何考えてんだ」 「カカシ先生のことだってばよ?」 「それでそんなヒデェことすんのか、お前は」 「カワイイだろ?カカシ先生」 オレは不機嫌なサスケの前で思い切り幸福そうに笑ってみせた。 カワイイだろ?四六時中オレのことを考えて考えて眠れなくなる先生。 オレが好きで、でもオレに女ができたのかもしれないって思って、 だけど聞くこともできずにアスマ先生んとこに逃げ込むカカシ先生。 逃げ切れずに結局帰って来るカカシ先生。 オレのことが好きで、でもオレに愛されてるのか遊ばれてるのか 分からなくなって、だけど先生のプライドで聞けなくて、 泣きたくなるくらいずっとずっとオレのことばっかり考えてるカカシ先生。 実際に泣いてしまうカカシ先生。もういいトシしたオッサンなのにさ。 カワイイだろ? 「……その内、本当に誰かに取られちまうぞ」 「たとえばお前とか?」 「さぁな」 詰まらなさそうに返事をしたサスケの腕を狙って、 オレは思い切りクナイを突き立てた。 やっぱり詰まらなさそうな顔のまま、サスケは軽く体を捻ってクナイを躱わす。 「カカシ先生に手ェ出したら、殺すぞ。サスケ」 「フン、くだらねぇ」 オレは口先をひねって笑ってみせた。よく先生にそうして見せるように。 こうやって笑うと先生はとても不安そうな顔をする。そのまま口付けると泣きそうな顔になる。不安で不安で泣きそうな顔になるんだ。たまんねぇ。 笑いの形に捩じれたオレの口元に、サスケは乾いた視線を投げる。 オレとサスケの殺気でちりちりと足元の草が焦げる。 泣きそうな顔をしていた先生は、でもオレが「好きだ」って言って抱きしめると 途端に安心したような顔になるんだぜ。今度は安心で泣きそうな顔をするんだ。 カワイイだろ?たまんねぇ。 ふと銀色の頭がオレの視界にふわりと揺れた。 「あ……」 「カカシ先生!」 オレが声を張り上げると、カカシ先生の肩がビクリと揺れた。 それから怯えるように視線をオレにめぐらせて、 泣き笑いのような顔で片手を上げる。 カワイイ先生。不安な先生。 たまんねぇ。 「先生ちょっと待って、昼メシ一緒に食おうってば」 「おい!」 オレは無邪気な笑顔を作る。サスケが驚いてオレの手を引く。 「なんだってばよ、サスケ」 「匂い!消せ!お前、遊郭に行って来ただろう。 今日のテメェは女抱いた匂いもしてんだよ、消せ!」 「お前に関係ねってばよ」 「バカ、よせ、おいナルト!」 オレはサスケを振り切ってカカシ先生の元へ駆け寄った。 先生は不安そうにしながらも、やっぱり嬉しそうな顔をしている。 オレに会えて嬉しそうな顔。オレを好きな先生。 「先生、昼メシ一楽行こーぜっ」 オレははしゃいだ振りで先生の腕を取る。 跳ねたオレの体の周りで空気が揺れる。 先生が途端に青ざめる。何かを確かめるように先生の鼻がうごめいて、 先生の白い顔はますます白くなる。 カワイイだろ? 先生、サイコーにカワイイだろ? 「カカシ先生、あのさあのさ、」 オレはできるだけカカシ先生に体をくっつける。 オレの匂いが先生に移ってしまうように。 「メシ食い終わったらさ、」 オレの部屋行こーぜ。 オレは無邪気にはしゃいで笑う、先生も笑う。 先生は一生懸命泣くのを我慢している、聞きたいことを我慢している。 我慢して精一杯ムリした顔で泣きそうになりながら笑う。 カワイイだろ? この後抱いたら先生は泣くんだろう。そうしたらオレは先生が泣き止むまで 「センセー、好きだよ」 何回も繰り返してあげよう。 センセー、逃げられるなんて思うなよ。別れられるなんて思うなよ。 先生のすべてを絡めて絡めて全部絡め取ってやる。 なぁセンセー、オレが一生愛してやっからさ、先生、 そうやってオレのことばっかり、オレのことばっかり考えてろよ。 オレが愛してやるよ、センセー。オレが傷つけてやるよ、センセー。 泣きたいほどの希望も死にたいほどの絶望もオレがあげる。 幸福で泣き出す日も絶望に微笑む日も先生の感情は全部オレのもんだ、 センセー。 「センセー、好きだよ」 オレは無邪気で優しそうで陽気な笑顔で笑う。先生もつられて笑う。 晴れの日の陽射しがやさしくオレ達に降り注ぐ。 先生の目が優しそうな円を描いて、そこからぽたりと悲しみがこぼれた。 |