十一. 面白いときゃお前とふたり 苦労するときゃわしゃひとり (テンカカ)
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「テンゾー!ここ名前!記入して提出!」
「ハイ!」
思わず反射的に返事してしまった。体育会系の(暗部のことだ)悲しい性だ。
カカシ先輩はもう消えている。ボクの手に何やら紙切れを握らせて……。
そういえば今日はあの自来也様のエロ本の発売日だったな…
何も馬鹿正直に自分で並ばなくてもいいのにな。
だからってボクに「木分身で並ばせて」とか前みたいに言われるのも困るが。
ていうか何だ、この紙は……報告書ならさっきボクが出し……
「……?」
温泉ツアー予約書?◇
「だから、先輩はあの時入院してたんだから仕方ないでしょ」
「だからってさ〜先輩が仕事で体力使い切って倒れてたのに、お前はさ〜」拗ねるようなからかうような声で先輩が絡んでくる。こんな会話がもう30分も続いている。
「だから、あれは7班の結束のためですって。一触即発だったんですから」
「でもオレ、流動食だったのよ?ナルトから聞いたよ、すごい豪華なメシだったって?」
さらに先輩は絡んでくる。ボクたちだけで温泉に行ったのが、
病床の先輩には気に入らなかったらしい。
まぁ本当のところは、ナルトたちが先輩から離れて、
それでも立派に任務を果たして帰って来て
それが少し寂しいといったところだろうか。
「……温泉行きたいなら、そう言ってくれればいいじゃないですか。
休みが重なった日に行けるように、いくらでも用意しましたよ。
先輩、外出面倒派だと思ってましたから」
「……オレから言うんじゃ意味ないの!」
あ、拗ねた。
拗ねてるけど手はボクの手に絡めたままだ。こういうとこが可愛いんだけどな。
言ったらまた怒るだろうなぁ。
「機嫌直して下さいよ、ね。せっかく初めて二人で一緒に旅行するんじゃないですか」
二人でを強調して言ってみた。ついでに先輩の目をじっと見つめてみる。
「そ、そんなじっと見ないでよ。……べ、別に機嫌悪くしてるわけじゃ……」
先輩は急に赤くなると口ごもって下を向いた。よし、もう一押し。
「…………」
「ず、ずるいよね、お前、お前にそうやってじっと見られるとさぁ……」
「…………」
「……分かったよ、もう言わない!」
顔にうっすら朱を刷いた先輩が、早口でそう言った。
「そうですか?でも、せっかく二人きりなんですから、もっと他の話がいいです、
7班の話じゃなくて。ボクたち二人だけの時にしかできないような」
あ、また赤くなった。
もう一回無言でじっと見つめたら、「見んな、バカ」って言ってはたかれた。
でも先輩はさっきより真っ赤になっていて、全然怖くない。
「ね、先輩、もうすぐ着いちゃいますよ。ちょっと頭、もたれさせてみてもいいですか」
今は電車の中だ。先日先輩に渡された用紙に言われた通り記入して、
温泉ツアーに申し込んだ。
パックツアーの申し込み書だったから、指定列車での旅になったのだが、
周りは皆お年寄りの夫婦や団体なので、ボクたちを目に留める人は誰もいない。
「頭?」
「こうやって、ね」
ボクは右側に座っている先輩に少し肩を寄せて、そのまま頭も寄せてみた。
ボクのほうが少しだけ背が高いので(決して座高が高いわけではない)
頭の下が少し余る。
「ホラホラ、先輩も。頭が安定しないですから、もたれて下さいよ」
「バカ、お前、男同士でそんなことしたら変じゃないの」
「周りお年寄りばかりだから誰も気にしませんて。ほら早く」
先輩がしぶしぶといった風情でボクの肩に頭を乗せてくる。
……しぶしぶっていったって、耳が真っ赤になっちゃってるんだけどな。
「ね、旅行っぽい」
「テンゾウってさぁ」
「何ですか」
「バカだよね」
まだ真っ赤な耳でそんなことを言っている。そんなバカが好きなくせに、
と思ったけど言ったら殴られるので、口の中で少し笑った。
「くすぐったい」
ボクが笑ったせいで先輩の頭の上でボクの顎が震えて、先輩も少し笑った。◇
「テンゾウ」
「なんですか」
「浴衣が短い!」ボクは先輩のために緑茶を入れながら、先輩が手に持った浴衣に目をやった。
先ほど旅館に着いたボクたちは、さっさと荷物を片して
とりあえずのお茶を飲もうと用意しているところだ。ボクが。
結構いい宿だけど、パックツアーの旅館だから、
お茶淹れになんて来てくれないんだよね。
まぁお茶飲みながら隙見てキスしたりしたいからいいけどね。
で、なんだ、浴衣?
「ああ、そうですね……でも別に着れたらちょっとぐらいはいいんじゃないですか?」
どうせすぐ脱がしますし。
などとはおくびにも出さずに爽やかな笑顔で緑茶を差し出すと、
先輩は少しムッとして茶を受け取った。
「ダメだよ、マヌケでしょ!せっかく浴衣なのに」
「はぁ」
「お前がその……格好よく浴衣着てるとこ見たいじゃない」
「は?」
ボク?
「だってサクラが似合ってたって」
先輩はなんだかボソボソと続けている。
「……オレだって、お前の浴衣姿なんか見たことないのにさ。ずるい」
あれ、それで拗ねてたのか?
……ボクの浴衣姿が見たいんだって。
うわぁ、どうしようかな、これ。かわいい……
「……じゃあ、フロントに電話して大きいの持ってきてもらいましょう。
ボクのと、ついでに先輩のも。……ボクも、格好いい先輩が見たいです」
言ったらカカシ先輩はうんうんと頷いて茶を飲んでいる。
こっちを見ない。……照れている。
(かわいいなぁ)
この旅館の浴衣は紺地に旅館の名前とおかしなキャラクター(温泉くん)の染め抜きだが、
そんなことはささいなことだ。
ボクはさっさとフロントに電話して、ポーズで茶を飲み続ける先輩から茶を取り上げて
それからそっとキスして抱き締めてみた。◇
「テンゾウって、いい体してるよねぇ」
あれからすぐに大きめの浴衣を持って来てもらったボクたちは、
さっそく露天風呂へ向かった。
まだ、午後の早い時間なので、入浴客は少なくて、のんびりできる。
「体ですか?ありがとうございます……でもどうしたんですか、今さら。
ボクの体なんか毎晩見慣れてるじゃないですか」
ふごっ
言うなりカカシ先輩にものすごい勢いで口を塞がれた。
「お、お、お前ねぇ〜!こんなところで……」
「……はれもひいてはいへすよ」
「大体オレだって毎晩は見てない!」
そうですか、ボクは見てるんですが。
と言ったらまたややこしくなりそうなので賢明なボクは黙っておくことにする。
「……どうしたんですか、急に」
「いやー、ホラ、周りにいっぱい人がいるでショ。そんな中で改めてお前の体見たら、
いい体だなぁって……」
「……ありがとうございます」
ボクは嬉しくなって先輩を抱き締めようとした。当然ブロックされる。
「ちょっと、やめなさいよ、お前!」
「だって先輩がそんな嬉しがらせ言うからですよ」
嬉しがらせじゃなくて、本当のことだもん……先輩はブツブツ言っている。
そりゃそうだろうな、ボクたちの他にはじいさんしかいないしな。
でもやっぱり嬉しい。
「先輩も、いい体ですよ。綺麗です」
「お前が言うとやらしいなぁ」
「やらしい気持ちになってますからね」
半分本気で言って笑うと、先輩は赤くなった。あれ、殴って来ないのかな。
代わりに先輩はボクのそばに寄ると、
「テンゾウ、あったまったら早めに出よう」
そう言って、真っ赤な顔を寄せて耳打ちしてきた。◇
温まっていい匂いのする先輩を性急に抱き上げると、
先輩はくすぐったそうに身を捩って笑った。
「テンゾウ、珍しい」
「何がですか」
「お前そんな風に、急がないじゃない」
いつもは。言われてボクは、ああ、と納得する。
急いでないわけじゃなくて、普段はあんまり顔に出ていないということなんだろうな。
いつでもボクは先輩を前にすると暴走特急になりそうなんですが。
と言うとこの目の前の人が警戒するから言わないことにしているだけなのだが。
「……先輩いい匂いするんですもん。急いじゃいますよ」
「お前だっていい匂いするよ」
先輩が首筋に顔を埋めて、子犬みたいにくんくんと鼻を鳴らした。
……だから、ダメだって、そういうの……
「うわっっ!」
「先輩!」
「ちょっと!もう少し丁寧に扱いなさいよ!壊れたらどうすんの!」
「図々しいこと言わないで下さい!先輩が悪いですよっ」
先輩の浴衣の袷を乱暴に開いて、先輩の平らな傷だらけの胸に
顔を寄せる。そのまま、胸に軽くキスをしてから、先輩の頬にも
キスをした。
「ホンッット、臆面ないよね」
「嫌ならやめますが」
「ヤダよ」
「何がですか」
やめられるのが。先輩はちょっと照れながら早口で言って、今度はボクに
口付けてきた。
「やる気満々じゃないですか」
「お前、ちょっと黙ってやれよ」
「はぁ、すいません」
憎まれ口を叩きながら、ボクはさっと木遁の触手でゴムをつける。
以前、それに気付いた先輩が「……何やってんの……」とあっけにとられていた。
マヌケな中断でムードを壊さないために努力しているのだが、
伝わっていないのだろうか。
「……ゴムなしでもいいって言ってんのに」
「旅館ですからね」
「あ、そうか」
「というのは嘘で、これはボクの思いやりです」
「……今度お前の面に『臆』って書いてやる」
「そんなことしたらあなたの面にボクの名前書きますからね」
やめてよね、バカ。先輩は言葉とは裏腹に嬉しそうな顔をしている。
それが可愛かったので、先輩、って小さく呼んでもう一度キスしてみた。
「……別に、ゴムなしでやりたい時はなしでいいよ、オレ孕まないから」
「はぁ、ありがとうございます。……ボクの精子はたぶん、
そんな根性ないですよ」
相手が女性でも。ボクは笑いながら言ったけど、
先輩はちょっと切なそうな顔をした。
「……そうだね」
「できても困りますし」
「……うん」
「まぁ先輩の子供が産めないのも残念ではありますが」
「げぇっ!お前、お前その真顔で変なこと言うのやめてくれる」
「失礼ですね、本気で言ってるのに」
「いらないよ、お前、大体オレとお前の子供ってどんなのよ」
「遺伝子の化け物?」
言って顔を見合わせて笑ってしまった。だから、先輩が好きなんだけど、分かってくれるかな。
一緒に笑い話に出来る人がいる嬉しさと、
笑い話にするしかないのを分かってもらえる寂しさを、
分かってもらえるかな。「まぁボクの体はしばらく保ちそうですし、それで充分ですよ」
「当たり前だよ、お前、先に死んだら殺すぞ」
「そんな無茶な」
「先にラクしようったってそうはいかない」
「まぁ、死ぬのが一番ラクですよね」
「うん。だから生きてるんだから、これくらいのお楽しみはいいんじゃないの」
ね、早く。
そう言って、無駄話の最中も無駄なく動き回っていたボクの手を取って、
先輩は自分の窄まりへボクの手を導いた。
「……生きてますね」
「お前ね、指突っ込みながらそれはやめてくれる。オッサンじゃないんだからさぁ」
でも先輩の声は掠れて色っぽい。
ボクの指を飲み込んでいるそこは温かい。
ボクは先輩の浴衣をめくり上げて、それから先輩をうつ伏せに倒した。
「うわっ」
「もういいですよね?」
「……ちょっと!脱がないの?」
「何のために浴衣着てるんですか」
「お前、日本人に謝れ」
でも先輩の目は潤んでボクを捉えていて、早く、そう言っていたので
ボクはそのまま浴衣の先輩を抱き締めた。死ぬのが一番ラクだ。
死んでゆく人々を目の前にして、今度こそ死ねるのか、
そう思ったのに生きるしかなかったこと。
それが一番しんどい。
五体がボロボロになって死んでいるのと変わらない状態になって、
それでも自分だけ生き残ること、
どれだけ自分も死にたかったと思ったことか。
生きているのが一番しんどい。
やれやれ。でもそうやって、死体の山の中で一人だけ生きることを強制された、
それでもおかしくなれなかった、
それはボクだけじゃなかった。先輩がいた。
自分一人だったら抱え込んで昏い淵を覗き込んだまま
そのまま、じっと死ぬ日を待っていたかもしれない。
だけどボクは一人じゃなかった。
やれやれ。
そう言って、同じ目をして隣に立ってくれる人がいた、
それだけで、この滅茶苦茶な遺伝子の体も愛しいと思えた。「人間ってすごいなぁ」
「……そうだね、っ、……テンゾ、の、スタミナすごいのは……、っ、
分かった……から……」
「まだまだいけますよ」
「アホか!……っちょっと……休け……」
「休憩はないです」
「ちょっとぉ……っ」
「先輩、好き」
「も〜〜……」
カカシ先輩は諦めたような顔で目を閉じて、それからボクの頭を
優しく撫でた。◇
「先輩、子供ほしいんですか?」
「は?いらないよ」
もう外はしらじらと明けてきている。でも散々励んだボクらは、
これから眠るところだ。お互い体を向け合って、半分眠りに意識を飛ばして、
でも体を寄せて意味のないことを話すこの時間がボクはとても好きだ。
……先輩の乙女心がうつったのだろうか。
「先輩、さっき、孕むのがどうって言ってたから」
「ああ、あれは……最近ほら、同僚がね」
カカシ先輩はそこで言葉を切って、頭を摺り寄せて来た。
ああ、そうか、妊娠した上忍が先輩の同僚にいたんだったな……
「オレはね、ほら、共白髪だから。テンゾウと」
ぶっっっ
「せせせせせ先輩!!!!」
「ちょっとお前、気持ち悪い!変な顔しないでよ〜いい気分だったのに〜」
「とととととと共白髪ってなんですか」
「何、お前知らないの?共白髪っていうのはねーえ」
「そそそそそそうじゃなくて!!」
あーびっくりした。
先輩は今言った言葉の意味が分かってるんだろうか。
「それは、ボクがこないだ木遁で立てた愛の一戸建て犬小屋付きを
受け取ってくれるということでしょうか!!」
見せた時は速攻拒否されたんだけど。
「あーあれね……いいけど、寝室のあの内装変えてよね。
なんで男2人の家でピンクとかレースなのよ、しかもサテンだし。
あと玄関の変なネームプレート外してくれる。あのハート型のやつ」
「それはお安い御用ですが!!」
でも一生懸命作ったんですけど。
じゃなくて、今なんて!?先輩、家受け取ってくれるって言った!?
しかも共白髪って……
「テンゾウ」
「ハイ!!」
「指輪は木遁じゃイヤだからね」
「……ハイ!」
えっ、どうしよう、本当に?
先輩、本当に?
どうしよう、嬉しすぎて目が冴えてしまった。
どうしよう、どうしよう
「イヤだから〜……買って来てたりして。オレが」
「はっ?」
「昨日一回やったら渡そうと思ってたのにさぁ、お前がやめないから、もう」
ぶつぶつ言いながら先輩が小さな箱を寄越してくれる。
「せ、せんぱ……」
「家もらったから、ま、これくらいはね」
「先輩!」
「オレって犬に甘いよね」
「先輩!!」
どうしようどうしようどうしよう。
ていうか先輩、犬って言った?まぁいいや。
どうしようどうしよう。
ちょっと先輩、先輩、こんなのないですよ、
どうしよう
「カカシ先輩!」
「なぁに……あっ!」
どうしようどうしよう
「先輩」
「ちょっと!なによソレ!しまえ!なおせ!」
どうしよう
「先輩」
勃っちゃった。生きるのって正直地獄なんだと思ってた。
死ぬのが一番ラクだって。
その思いは今でもあるけど、
でも、愛しくて泣ける日がボクにも用意されていたんなら
生きていくのももしかしたらつらいことじゃないのかもしれない。「先輩、先輩……」
「もう、もう朝じゃないのぉぉ……あっ……もう……ヤだって……」映画でしか見たことないような、
こんな悪趣味な冗談みたいな体にただ感謝できるのも
抱き合える器がある、そのことだけで感謝できるのも
そんな想像もできなかった感情に、ただただ驚くのも「先輩、好きです」
「お前、もう一回死んでパイプカットされて来い」全部先輩がいたからなんだって言ったら、先輩はなんて言うのかな。
◇
「アイタタタ」
「先輩、じじむさいですよ」
「誰のせいなのよ、もう……」
先輩はぶつぶつ言いながら腰をさすっているが、機嫌がいい。
それはボクも一緒だ。なぜなら、プロポーズの朝だから!
「うわっ!お前、早速指輪すんなよ」
「なんでですか。するためにくれたんでしょ」
「それは象徴!そんなもんしてたら骨折するし感電するよ」
「ムードのないこと言わないで下さいよ……いいじゃないですか、休暇中なんだから」
「オレはしないからね」
あ、先を越された。いいや、ボクのお手製の新婚ハウスに引っ越したら
そこで二人で指輪したらいいし。「ねぇ先輩」
「なによ!」
「下の土産物屋さんに、湯のみとか徳利見に行きませんか。
一緒に住んで使う食器、買いましょうよ」
「なに!お前、もしかして夫婦茶碗とか言い出すの!」
「はぁ、いけませんか」
別にいいよ!
先輩は真っ赤になっている。
前から思ってたんだけど、エロ本とかそういうのは恥ずかしがらないくせに
こういう……普通にあからさまにロマンチックなのって照れる人だよな。
逆だと思うんだけど、なんでなんだろう。「テンゾウ!行くんでしょ!」
「え、行きますけど……もう少し休まなくていいんですか?
腰痛いんでしょ、先輩」
「つらくなったらお前が支えるんでしょ!」やっぱり赤い顔のまま先輩が怒鳴って、さっさと部屋を出て行った。
これはあれか、ツンデレというやつだろうか。「もちろん、支えますよ」
笑いながら先輩の肩を抱いたら、先輩がこっちを向いて
はにかむように笑った。
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end (2007.12.3)