■蜜のとげ(16×30)



「カカシ」

オレがカカシの肩にそっと手を伸ばすと、カカシは驚いたような顔をして、
でも黙って顔を伏せた。その顔は困ったようにはにかんでいる。
オレが指をカカシの胸に滑らせると、ビクッと体を揺らしてオレを見上げてきた。
何か言いたそうなカカシの唇は、けれど何の言葉も紡がない。
オレは更に指を動かしてカカシの胸の突起をつまみ上げる。
やっぱりカカシは、またうつむいて少し困ったように頬を染める。

「サスケ、」
「してもいいか?」

オレの直球な台詞にカカシは情けなさそうに眉毛を下げて、こくりと頷いた。

「…風呂はイヤなんじゃなかったのかよ」

自分が言い出したくせに、オレはそんなことを言ってみる。
言いながらもオレの両手は、ゆっくりとカカシの太股を撫でさする。

「ううん、いいよ」

泣き笑いみたいな顔でカカシが言って、オレは切なくなった。
ああ、まただ。
またこんな顔をさせている。
オレは思いを振り切るようにカカシの唇に口づけた。


オレが大蛇丸のところから木の葉の里に再び戻ってくるまで、
約3年半の月日が流れていた。本来ならオレの行為は「里抜け」と称されるもので、
戻ってきて無事に済むような行為ではない。しかし、どこでどう話がすり替わったのか、
それとも故意にすり替えられたのか、オレは大蛇丸に「連れ去られた」ことになっていた。
オレが無事里に戻って来ることが出来たのは、ナルト達がオレを
「大蛇丸から奪還した」おかげだそうだ。
その後里に戻ってからの諸々が落着するまで、3ヶ月かかった。
それから、オレが里を抜けるまでに恋愛関係にあった相手…もとい、
オレの師匠だったカカシに会うまで、1ヶ月の月日が必要だった。


「ゴム付けてないけど」
「…いいよ、お風呂だし…」
「中では出さねぇから」
「…中で出してもいいよ」

カカシは相変わらず赤くなった頬をうつむかせたまま、そんなことを言ってくる。
そんなことを言うくせに、カカシは泣きそうな顔をしている。
…ホントはイヤなくせに。
ホントはこんな風呂でサカるんじゃなくて、きちんとベッドで優しく抱いてほしいくせに。

「じゃ、石鹸で慣らすけど、いいか」
「………」
「仕方ないだろ、ここ風呂なんだから」

そう、ここはカカシの家の風呂の中だ。今までなら、…4年前なら、
風呂でセックスどころか一緒に風呂に入るのもカカシは嫌がった。
洗いっことかそういうこともした覚えがない。
オレがそういうことを「したい」と言えば、頭のひとつもどつかれて
「アホか」と一蹴され、「そんなヤルことばっかり考えてんなら別れるからな」と
笑いを含ませたえらそうな声で言われたものだった。
そう、それが、カカシだった。
それが、オレの恋人だった。

「カカシ、」
「…うん、わかった、石鹸でいい…」

本当に泣きそうな声でカカシが頷くのを見て、オレはさすがに可哀相になって
カカシをギュッと抱き締めた。

「…ウソだって、ちゃんとローション持って来たから」

シャンプーのような顔をして洗い場に置かれている容器をオレが指さすと、
ようやくカカシはホッと息を吐いて笑った。意地が悪いなぁとか何とか、
小声でぼそぼそと言っている。
オレもカカシの笑った顔を見て少し気が楽になった。
オレがじっとカカシの顔を見つめると、視線に気付いたカカシが恥ずかしそうに笑う。
前みたいに照れ隠しに怒鳴ったり、機嫌を損ねた振りをしてみせたりしない。
前みたいに気まぐれにセックスを拒んだりしない。
前みたいに

前みたいに、曇りなく嬉しそうに笑ったりしない。


オレが里に戻ってきてようやくカカシに会った日、カカシはオレを見て
ひどく驚いた顔をしてみせた。
それから、何を言おうかと困惑しているような逡巡しているような顔をして、
でも結局カカシは、「おかえり」とやっとそれだけ言ったのだった。

カカシはオレが里を抜けていた間のことについて何も言わなかった。
オレも、何も話さなかった。
オレが4年前のようにカカシにキスをしようとすると、カカシは体を固くして
オレを見つめてきた。オレは構わずにカカシに口づけた。
そうしたら、もう後は止まらなかった。


「な、後ろだけでいけるようになった?」
「……」
「それってオレのせい?」

オレは風呂に浸かったままわざと酷いことをカカシに言ってやる。
カカシは本当はものすごく照れ屋だから、こんなことを言われるのは嫌いなのだ。
さらに14も下のガキであるオレに言われるとものすごくハラが立つらしく、
オレはしょうもないことを言うたびにぽかすかと頭を殴られた。
4年前は。

「…うん、サスケのせい、…」

カカシは否定しない。言いたくもないくせにそんなことを口に出す。
オレは堪らなくなる。
もっと無茶苦茶なことをして無茶苦茶なことを言わせてみたい、
もっと優しくして壊れ物みたいに扱ってあげたい、
………

「サスケしか、オレにこんなことしないよ」

カカシはうつむいたままぽつりと言った。
オレは堪らなくなる。
無茶苦茶にしたい、優しくしたい、
でもそんなことよりももっと、胸の内が疼いて切なくなって泣きそうになる。


4年振りにカカシと交わってから、オレはそのブランクを埋めるように
毎日カカシを抱き続けた。滅茶苦茶な勢いで相当カカシに辛い思いをさせたと思う。
でもカカシは、ただの一度も拒まなかった。
一度、その夜2度目に達したカカシをベッドに横たえたまま水を取りに行った時だった。
カカシはオレに向かって、「また、なくしたかと思った」と、それだけ言った。
何、とオレが聞き返しても、カカシはそれ以上何も言わなかった。
オレもそれ以上は聞かずに、でもさっきっよりもきついやり方でカカシをまた抱いた。


風呂の湯がぱしゃぱしゃと揺れている。
カカシは苦しそうな顔で、オレを受け入れたまま喘いでいる。

「……、……」
「なんで声殺すんだ」
「サスケ、…」
「声出せよ」

またカカシは泣きそうな顔をした。いや、カカシは今実際に泣いている。
それは生理的な涙なんだろうか、本当にそれだけなんだろうか。

「あっ、あ…、んん、ん、あ、あぁ…っ」
「もっとでかい声出して」

またカカシが泣いて、それなのに頷いた。ああ、オレは酷いことをしている。
好きな人に酷いことをしている。こんなやり方で、苛立ちをぶつけている。

もう、カカシはオレに向かって拗ねてみせたりしない。機嫌を損ねて
無茶な要求をしたりしない。オレが何をしても抵抗しない。
あんなにしょっちゅうしていたケンカだって、
里に戻って来てからただの一度もしていない。
失くすと分かっていたら、もっとしてやりたいことがあった。
失くすと分かっていたら、もっと優しくしてやりたかったのに。
守りたかったのに、一人も守れなかった。
守りたかったのに、守れなかった、もう会えない。
守りたかったのに…
4年前だったか。慰霊碑の前だったはずだ、カカシはその言葉を口にしていたのか。
それともオレが勝手にカカシの背中から感じ取っただけか。

「サスケ、サスケ、サス…」
「泣くな」
「うん、ごめ…」
「謝るな」
「サスケ…」

もうどこにも行かない。その一言は言えば言うほどカカシには気休めに響きそうで、
オレはどうしても口に出せない。
4年の歳月を空けてカカシに会った時、オレは自分がカカシの傷口を一番酷いやり方で
えぐったことを知った。
そうして、えぐっておいたくせにまた戻ってきた自分は、
今までカカシを置いて去って行った者達よりも、さらに酷いことをしたのだと気が付いた。

「あ、あっ…」
「ん…」

お互いに達してしまって、まだ肩で息を整えているカカシをオレは洗い場へと抱え上げる。

「掻き出しちまうから、尻上げろ」

カカシは泣いている。泣いているのに拒否しない。
こんなこと以前なら絶対にさせなかった、後始末をさせるにしても
デリケートに扱わなければ物凄い勢いで怒っていたのに。
オレは構わずシャワーをカカシの後腔に押し当てて蛇口をひねる。
カカシは泣きやんで、床をみつめたままじっとうつむいている。

カカシは、もうオレが何をしても抵抗しない。
文句を言う代わりに困ったように微笑んで、オレの頭をはたく代わりに黙って目を瞑る。
それがなぜだかオレは分かっている。
オレは、ごめん、とも言えずに、もうどこにも行かない、とも言えずに、
なのにそんな自分に苛々してはカカシを抱き締める。
そしてカカシは抵抗しない、オレはますます心が痛くなる。
痛くなって切なくなって辛くなる。

オレのせいでカカシは以前のように抵抗できなくなってしまった。
オレのせいでカカシは以前が嘘のように従順だ。
オレがいなくなったせいで
一度でも、オレがその姿を消したせいで。
オレは胸が痛くなる。

 





その一片に、でも確かに含まれているこの陶酔感を何と呼べば良いのか、
オレにはまだ分からない。



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end(2005.4)