ぬしさまいのち(テンカカ)
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どんと太鼓が鳴った。わっと祭囃子。
「ここでじゃね、カカシじゃなくてな。俺は今蝶々っつうんだよ、
蝶々って呼びな」
潜める声で先輩が囁いて、被せるようにお囃子の音。
「蝶々……」
白粉の匂いがムッと鼻をついて、白い顔で先輩が笑った。
「寵蝶だよ」
ふうと風が吹いて、太陽の下でぐったりしている紫陽花が揺れる。
ちょんちょんと木拍子、おあしは見ての帰りでござい。◇
さる位あるお人を暗殺、との任務だった。珍しくもないが、普段の暗部任務とは
いささか勝手が違う。しかるべき場所で、しかるべき証人の前で殺せとの
依頼だったのだ。
とはいっても難しい任務ではない。芝居の最中に立女形の持つ小刀を
本物に替えて、そのまま客席の要人を芝居の振りでぐっさりやれば良いのだ。
ところが、肝心の立女形に扮する筈だった同僚が、別な任務で怪我を負ってしまった。
命に別状はないものの、歩くのにもしばらくは苦労するという。
これではとても女形なぞ無理だ。
そこで、カカシ先輩にお鉢が回って来たのだった。
今から件の女形役者の立ち居振る舞いの癖、芝居の台詞、所作、そんなものを
一瞬でコピーしてしまえるのはこの人しかいない。先輩がさっさと女形の
居住まいをコピーして、姿かたちも変化してしまえば、後は任務が済むまで
女形役者をどこぞに閉じ込めて役を果たしてしまえば良い。
それだけの任務だった。それだけなのだから、僕も気にせずに待っていれば良かったのだ。じりじりと照りつける太陽に、僕は額の汗を拭った。
もうすぐ先輩がやってくる。白い顔を白粉でますます白くして、
細い体に緋色の襦袢、腰には金襴緞子の帯を締めて。
その様子を思い浮かべて、僕は思わず唾を飲んだ。
先輩は何もしなくてもきれいな顔かたちだが、女形に扮したその姿は、
異形の美しさだ。変化して顔の造作は変えているものの、男だということには
変わりない。倒錯した美しさとでもいうのか、
昔むかしに女形に熱狂した人々の気持ちが少し分かった気がした。「テンゾウ、今日も来たの」
ぱちりと木戸が開いて先輩が出てきた。だらしなくゆるんだ女物の着物の袷から、
白い肌が覗いている。
「先輩、お疲れ様です」
「お前はもう、立派な俺のご贔屓だなぁ」
からかうように先輩が笑って、それから、先輩じゃなくて蝶々って呼べよ、と
笑い顔のままで言った。
「蝶々さん、ですか」
「そうそう。俺の通り名よ」
「変な感じですね」
「ま、ここではね」
「皆そう呼ぶんですか」
「ん? そりゃそうでしょうよ。まさかはたけさん、とも言わないだろ」
「布団の中でもですか」
「そうだよ。だから寵蝶だって、ご寵愛」
あははと笑って先輩は腕を組んだ。その拍子に、白粉を塗っていなくても白い、
先輩の腕がこぼれる。
袷から見えるのは白い素肌。
「……せ、……、蝶々さん」
「ん、なぁに」
「興行はいつまでですか」
「そうね、あと一週間」
「お役目は」
「千秋楽でしょ。その時に証人が見物に来るらしいから」
「それまであなたは」
寵蝶さんなんですか。声を潜めて先輩を見遣れば、先輩は困ったように頭を掻いた。
「まぁ、俺気に入られちゃってねぇ」
困るよねぇ、情が湧くよ。どこまで本気で言っているのか、面白そうな顔で
先輩が笑う。笑って顎を撫でさすった。その手首には、くっきりと縄目が
刻まれているのだった。
「……先輩、手首と首筋に、跡が残っていますよ」
「ん? あ、これね。ちょっと変態趣味だよね、まぁ偉い人とか
頭のいい人には多いけどね」
「幻術は使わないんですか?」
「無理でしょ、向こうの忍が警護してるから。ここでばれたら台無しだしね。
それに」
俺も、嫌いじゃなかったりして。
「……先輩」
「蝶々だよ」
「ち、」
「あ、始まるな。俺行くわ、お前今日も見ておいで。通してやるから。
俺、綺麗よ」
三日月のように唇に弧を描いて、先輩が笑った。ぼうと僕が見蕩れていると、
さっさと芝居小屋に戻ってしまった。
六月だというのに、夏の盛りのような暑さ。花弁の端を茶色く枯らせた紫陽花を見て、
それが僕みたいだと僕は思った。
水がなければ枯れてしまうのだ、水があれば色の変化さえできるというのに。
木拍子が鳴って、芝居の口上が聞こえてきた。◇
東西、東西、お話しまするは、ここらに長く伝わりまする怪談話にござい。
あれ、向こうに見えまするは、東西聞こえて耳憚らぬ、傾城の美女、お蝶にございまする。「先輩」
「蝶々だよ」
何回言わせるの、と、カカシ先輩は少し不機嫌な声音だった。
芝居の後で汗をかいているはずなのに、先輩の顔は涼しげなまま、首筋の白粉だけが
崩れている。
「……この後も、例のターゲットのところへ行くんですか」
「そう。……と言いたいとこだけどね、」
丸髷の鬘を外して先輩が髪を振った。
「今日はお役目がないんだよ。奥さんにバレそうらしくってさ」
肩を竦めながら先輩は器用に帯を解いていく。
「でも今日もご贔屓のとこだって、皆には言ってあるから」
お前のとこに泊まろうか。顔を近づけてきた先輩からは白粉の匂いがした。僕はずっと先輩が好きだった。先輩ももちろん気付いている。声に出して
告げもした。求めれば、抱かれてくれる。でもそれだけだった。
先輩は、無二の相方などいらないと言うのだ。
僕はそういうのは苦手だった。というか、嫌いだ。体だけの繋がりになんか
意味があると思えない。だから、先輩のことなんか諦めてしまえばよかったのに
僕はそれもできなかった。そうして、求めれば与えてくれる先輩の体だけを
抱き締めて、他の人間にも差し出されるその体に嫉妬して、
また諦めようとして、諦められなくて、僕はもうへとへとだった。
それでも、先輩を見ると胸が痛くなって、それから驚くぐらい歓喜の情が
湧き上がってくる。この気持ちを何度捨てようと思っても、先輩への
思慕は僕の胸の内に巣食ってしまって、それは僕の一部になってしまった。
もう今さら捨てられないのだ。「……久し振りだ、やっぱ生身はラクでいいなぁ」
変化を解いた先輩はそんなことを言って、大きく伸びをした。
僕は今は任務中ではない。休暇中だ。なので、先輩を追ってきたこの道中は
個人的な旅行ということになっている。先輩がやってきたのは、
僕の逗留している旅籠の一室だった。
「なに、じっと見て」
「や、倒錯的だなぁと思って」
変化を解いた先輩は、鍛えられた筋肉質のしなやかな体に短髪の銀髪だったが、
衣装はそのままなので、煌々しい太夫の着物を男の体に纏っている。
それがなんともアンバランスで、僕には女形姿の先輩よりも、余程色気があるように
思えた。
「倒錯的なのは嫌いか?」
「いえ、とんでもない。そのまま脱がないでほしいぐらいですよ」
「いいよ、別に」
「……駄目ですよ、汚れるでしょう」
「もう一枚あるからいいんだよ」
そんなことを言いながら目線で遣り取りをして、僕は先輩の唇に吸い付いた。
舐め上げて舌を絡ませれば、先輩が苦しそうな息を漏らして、
その息遣いに僕の腰がジンと熱を持つ。
「……ね、お前も同じようにしたい?」
ぼんやりと潤んだ瞳で先輩は、手首に残った縄目の跡を見せ付けるようにして
僕に手を伸ばした。◇
「ねぇ、テンゾウ、さすがに恥ずかしいよ」
着物を半端に引っ掛けた状態で先輩の両手を後ろ手に縄で括ってしまってから、
足をM字に開かせてやはり両膝にそれぞれ縄を打った。
大きく足を開いた状態で固定された先輩は、柔らかそうな銀色の下生えと、
肉色の窄まりを、僕の眼前に曝け出している。
「同じようにしてもいいって言ったじゃないですか」
「足をこんな風にされたことはなかったよ!」
先輩は少し恥ずかしそうに目元を赤く染めて、それから口先で悪態をついた。
「ヘンタイ」
「もう遅いですよ」
「だろうね……」
諦めたようにため息をついた先輩を尻目に、僕は縄で結び目を作り、
瘤を作った。その瘤を、先輩の股下にくぐらせる。
「! ちょっと、何すんの!」
「あれ、こういうのはしなかったですか」
「しないよ! お前のほうが変態なんじゃないの」
「それは光栄です」
まだ何か言ってる先輩に構わずに、僕は縄でできた瘤を先輩の窄まりに
押し当てた。
大きく足を開かされたままで瘤を宛がわれた先輩は、小さく息を呑んで
声を殺す。
「声、出して下さいよ」
「っ、それより、これ、やめろ!」
先輩の穴はローションでほぐしてあったので、僕の作った縄の瘤を
今にも飲み込んでしまいそうに美味そうに食んだ。僕は、その瘤を指先で
押してみて、少し沈めては、また手を離す、ということを繰り返して
遊んだ。
「っ、あっ……やめろ、それ、どけろ……っ」
「可愛くないですね」
身動きが取れないくせに悪態をつく先輩に少し意地悪な気持ちになって、
僕は瘤を全部先輩の穴に沈めてしまった。
「っ! や、だ……」
「もう一つ、食べさせてあげましょう」
僕はさらに縄で結び目を作って瘤をこしらえる。2つ、3つと先輩の穴に
入れてしまうと、先輩の喘ぎ声が大きくなった。
「もう入らないかな……」
「テン、ゾ、取って……」
「何を取るんですか? 写真でも撮りましょうか?」
「ちが、う……入れてるの、とって……」
「取ったら空っぽになっちゃいますよ。寂しくないですか」
ここが。そう言って瘤を3つ飲み込んでいる窄まりに指を伸ばし、
そこから垂れている縄尻を指で押すと、先輩が痙攣した。
「先輩、かわいい」
「とっ、て……テンゾ、の、が……い、い……」
「可愛いこと言いますね」
でも、先輩の穴から伸びている縄尻が尻尾みたいで可愛かったので、
僕はそのままにして先輩の口の中に僕を押し込んだ。
「んっ!! む、うん……んん、んぐ……」
「そうそう、こっちは足でしてあげますよ」
それから、縛られて穴には縄の瘤を突っ込まれて、僕のも口に
突っ込まれてそれで勃ててしまった先輩のを、僕は足で先輩の腹に
押し付けるように触れてやった。それから蹴りつけるように
足裏でぐいぐいと押す。すると、先輩はあっけなく達してしまった。
「う、ぐ……」
「先輩、僕はもうちょっとかかりますから、付き合って下さいね」
相変わらず先輩の口の中に突っ込んだまま僕が言うと、
答える代わりに先輩の体が痙攣した。僕はついでにまた足を動かして、
先輩が縄尻を垂らしている穴に、足の親指を宛がって強く押してみる。
「んっ!!」
「あれ、また勃っちゃった……先輩、Mじゃないですよね?
ターゲットのおっさんに開発されたとか、嫌ですよ」
「んんぅ……」
だらしなく引っ掛けた太夫の着物に、先輩の精が散ってどろどろと汚れていく。
昼間確かに見たはずの、女形姿のきれいなだけの先輩も、
もう思い出せなかった。◇
「先輩、その腕」
一通り気が済んで、カカシ先輩の縄を解いてしまうと、先輩はぐったりと
布団に沈み込んだ。
僕は先から気になっていたことを口に出した。
新しい縄目をくっきりと刻んだ先輩の白い腕に、見たことのない彫り物がある。
先輩を贔屓にしているという、ターゲットの名前だろうか。男の名前が刻まれている。
「ああ、これね、彫ってほしいって煩くて」
「! 先輩、まさか、本当に……」
「な、わけないでしょ。ニセモノだよ」
ほら。先輩がチャクラを込めた指で刺青をなぞると、その名前はすっと消えた。
「なんだ、よかった……」
僕はほっとして体の力を抜いた。先輩があきれたような目で僕を見る。
「そんなことしてたら腕が何本あっても足りないだろ」
「こんなことが、腕何本もいるくらいに何回もあったんですか」
それには答えずに、先輩はもう一度偽の彫り物をなぞった。
「お前なら、いいかな」
「え?」
独り言のように呟いて、先輩が僕の腕をなぞる。
「お前の名前なら、本当に墨を入れてやってもいい」
「…………」
「ぬしさまいのち、って彫ってやろうか」
「……いりませんよ」
どういう意味なのだろうか。
心はくれないくせに。
僕の名前なら肌に刻んでもいいとは。消えない墨を彫り込んでもいいとは。
「……先輩、僕はあなたが好きです」
「うん」
「僕を、あなたのものにしてほしいです」
「それはダメ」
「…………」
「あのね」
「…………」
「俺はね」
「……はい」
「もう失くすのは嫌だから」
「はい」
「もう何も持たない」
「…………」
それからもう一度、先輩は自分の腕をなぞった。ぬしさまいのち、彫って
やってもいい。
僕も彫ります。そう言ったら、お前は駄目だと言われた。
お前が彫ると、お前は俺のものになっちゃうでしょ。
そう言って先輩は少し寂しそうに笑った。◇
どんと太鼓が鳴って、わっと祭囃子。
「ここでじゃね、カカシじゃなくてな。俺は今蝶々っつうんだよ、
蝶々って呼びな」
潜める声で先輩が囁いて、被せるようにお囃子の音。
白粉の匂いがムッと鼻をついて、白い顔で先輩が笑った。
「なんで、あの男の名前は彫ったんですか」
それは偽物の彫り物であったけれど、確かな彫り物だった。愛い男の名。
それだけではない。名前の下には一本の線が引いてあった。
これは、愛しい相手と腕を並べて、一気に刀で線を引いて墨を入れる刺青だ。
先輩の腕だけでなく、男の腕にも入っているのだ。
偽の墨だというのに、僕はその腕にどうしようもなく嫉妬してしまった。
なぜそんな刺青を、任務に必要だから? そう聞いたら、
カカシ先輩は……蝶々さんはきれいな顔で笑った。
「今日死ぬからさ」
今日死ぬその最後の瞬間まで俺のものだからさ。それが分かっているからさ。
俺が失くすのじゃなくて、俺が奪うのだもの。
当然だというように先輩は言って、偽の彫り物を指で撫でた。最期の瞬間まで偽とは気付かないのなら、本物の彫り物と変わりはあるまい。
それなら、僕が彫り込んでも変わりはないのに。
僕は死ぬその瞬間まであなたのものでいるのに。
それが分かるよう、あなたに生死の瞬間を、喜んで預けるというのに。
「寵蝶だよ」
ふうと風が吹いて、太陽の下でぐったりしている紫陽花が揺れる。
客席にはお大尽、蝶々の腕に名前を彫らせてご満悦。
ぎらりと先輩の手の中で白刃が光った。あれ、向こうに見えまするは、東西聞こえて耳憚らぬ、傾城の美女、お蝶にございまする。
ちょんちょんと木拍子、おあしは見ての帰りでござい。
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end (2008.5.8)