■愛妻家の食卓(ナルカカ・15×29)


「ちょっと、もう…やめなさいよ、お前」

オレはオレの背中にべったりと貼り付いているナルトに向かって声をかけた。
15の図体のナルトにぶら下がられると、いくら上忍とはいえ包丁を使う手元が危ない。

「お前がラーメン作れって言ったんだろーが」
「うん、カカシせんせのラーメンうまい」
「分かったから、どきなさいよ」
「分かってるってば」

もちろん全然分かっていないナルトはますますべったりと、オレの背中に
体重を掛けてきた。おっ、重い。
こんな風に甘えてくるナルトは可愛いと思うが、この図体ではちょっと、
成長途中のゴリラに懐かれているような気がしないでもない。

「お前がどかなきゃ、いつまで経ってもできないよ」
「うん」

うんじゃないだろ。しかし我ながら説得力ゼロの声だ。なんでオレはナルトに
こんなに甘いんだろうか。ていうか、ナルト、そろそろ本当にどいてくれ。
オレもちょっとハラが減っ…

「ひゃっ」
「ん、せんせ相変わらず体温低いなぁ」

いきなりナルトの手のひらがオレのシャツの中に潜り込んで来て、
オレはビックリして変な声を出してしまった。

「ちょっ、ちょっと、ナルト」
「しかもちょっと痩せすぎなんじゃねーの」
「な、何してんの」
「だってこんなにくっついてたから」

せんせ何かいい匂いするし。少し囁くようにナルトは唇を寄せてきた。
何を言い出すんだ、そりゃラーメンの匂いのことか。
そう思いながらも、ドキドキしてしまう自分の胸が恨めしい。ナルトってこんなだったか?
いや、オレが見ていたナルトはもっともっと子供だった。
こんなに大きな手のひらをしていなかったし、
こんな掠れた声の出し方なんか、まだ知らなかった。
急に背中に、知らない少年がぶら下がっているような気になって、
オレは思わず息を飲んだ。ナルトは構わずにオレの肌を撫でながら、
うなじに頬を擦り寄せてくる。

「せんせ、好き」

ナルトの声はやっぱり少し掠れたように熱を孕んで響く。オレはますます息を飲む。

「…まったく、どこで覚えて来るんだかね、そういうの…」

オレはようやくそれだけ言って息をついた。
このままこいつのペースに飲まれるわけにはいかない。しかしなんで、こいつ、
こんな一丁前の男みたいな…

あ…

「…そっか、自来也様と一緒にいたんだもんね。そういうことまで覚えてきたわけね」

オレは冗談ぽく溜息をついて言った。嫉妬みたいに響かなかっただろうか。
背中でバツの悪そうなナルトの気配がして、肌を撫でていた手が止まった。

「じゃあ、せんせが最後までオレのこと見てくれてたら良かったんだってばよ。
せんせってばサスケばっかりで、オレのことは放ってエロ仙人に預けちゃうんだもんな」

そう言ってから、なんてな、とナルトは明るい笑い声を立てた。
なんちって、嘘だってばよ。またナルトの手が宥めるような動きでオレの肌を滑る。
宥めているのはオレか、それとも自分の気持ちか。
オレはナルトの台詞に、ますます息を詰めて包丁を放り出してしまった。

「ナルト、…」

この子供は、幼い頃からその体内に持つ九尾のために言われない悪意を
受けてきたこの子供は、普段の言動とは裏腹に人の気持ちに恐ろしいほど聡い。
ブーブーと文句は言っても、オレが気にしそうなことは冗談でも口にしないのだ。
なのに、冗談の皮を被せてもそんなことを言わずにいれなかったナルトの内を思って、
オレは胸を締め付けられるようだった。
そんな風に、思っていたのか…

「…オレだって」

ん?とナルトは優しげな声を出す。
まだ、ナルトの手のひらはやわらかくオレの肌を撫でている。

「オレだって、いきなりお前のこと取り上げられて…オレが最後まで教えたかったのに、
オレじゃ役不足だからって、いきなりお前連れて行かれてさ」

ナルトが驚いたように動きを止める。オレは、構わずに先を続けた。
オレだって…

「お前がどんどん成長して行って、オレ、嬉しかったよ。ナルトがオレのこと
追い越すまで、オレがずっと見ていられるんだと思ってたのに。
追い越されんのは寂しいけど、楽しみだなぁって、思ってたのに」

なのに、いきなり自来也様に連れて行かれて、いきなり強くなって帰って来て、なんだよ。
ナルトは完全に動きを止めて固まっている。ああ、そろそろやめなきゃ、そう思っても
オレの舌は止まらなかった。お前、知らない人間みたい。なんでオレじゃダメなんだよ。
お前もお前だよ、オレのこと捨ててほいほい付いて行って…

「せんせ、」
「…うそ、ナルトはいい子だから、自来也様に付いていったんだよな。分かってるよ」
「せんせ」
「でもオレだって寂しかった。オレじゃダメだって言われても、オレが見ていたかった」

せんせ。ナルトがぎゅうと抱き締めてきて、オレは後ろに倒れそうになった。せんせ、…。
ナルトはぎゅうぎゅうと抱き締めながら、頬をオレの背中に擦り付けてくる。
オレはぼんやりとされるがままにナルトに体を預けた。
まな板の上に放り出された長葱が、窓の光を受けてゆらゆらと光っている。

「せんせ、ごめんな」
「…なんで謝るの」
「オレってば、そんなこと知らなかった」
「ナルトが知らないのは当たり前だよ。…オレこそごめん」
「オレ、せんせがサスケばっかりだから、サスケのほうが好きだから、オレは見てもらえないんだって、ちょっと思ってた」

必死に言い募るナルトが愛しくなって、オレは体を捻ってナルトのほうを見た。
やっぱり少し涙目になっている。でもその顔は、どこか嬉しそうだ。
子供みたいな顔だ…なんだ、お前、やっぱり全然変わっていないね。
オレも少し嬉しくなって、ナルトを見てちょっと笑った。
ナルトはビックリしたような顔をして、それからにこにこと顔を近づけてきた。

「せんせ」
「ん」

やさしく重ねられたナルトの唇はやわらかくて、ガサガサしていなくて、
子供のようだった。でもまたオレのシャツの中を動き始めた手のひらは、
確かに以前よりも大きくなっていた。

「まだ、オレせんせみたいに強くないけど」
「ん?」
「そのうち追い越してやるってばよ」

頼もしそうに笑った少年はやはりかつての子供ではなくて、だからオレは黙って、
目の前の少年に笑いかけた。

もう一度キスをしようとナルトが体を押し付けてきて、オレは流しに背をついた。
放り出された食材が抗議するような音を立てて、流し台から滑り落ちて行った。



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end